トランスジェンダーバッシング  勝ち取ってきたジェンダー視点を忘れないで(2022年2月10日号)

LGBT法連合会 事務局長 神谷 悠一 


 

生まれ持った個性とは

SNS等インターネット上を中心に、トランスジェンダー(体と心の性が一致していない人)へのバッシングは止まるところを知らない。その中に、トランスジェンダーへの排除とも読める、ある女性団体の機関紙の記事があった。そこには、「生まれ持った個性を大切にする」という下りがある。

女性運動は、その「生まれ持った」性別が絶対ではないことを強調するために、ジェンダーという概念を提唱し、女性たちの可能性を切り拓いてきたと筆者は認識している。あるいは、「生まれ持った」性差よりも個体差の方が大きいと指摘し、本質主義的な見方を退けてきたのではなかっただろうか。

いま再び「生まれ持った」性別を重視する言説が、一部の女性たちから出てきていることに、驚きを禁じ得ないのは私だけではないだろう。


差別的言説の拡散


インターネット上では、トランスジェンダーが女性たちの脅威であるという言説、性暴力加害者であるかのような言説、トランスジェンダー女性が女性用トイレやお風呂等の盗撮をしているなど、差別的な言説が拡散されている。

これらを見ると、かつての「ジェンダー・バックラッシュ」を思い出してしまう。ジェンダーの視点を広めることは、学校で男女一緒に更衣室で着替えさせること、トイレや風呂に男が入ってくるようになる…等と煽られて、運動がバッシングされた時と、似てはいないだろうか。

こうした動きと呼応するかのように、ジェンダーという概念を使うこと自体への疑義、わかりにくいジェンダーという言葉ではなく女性差別と表現すべきだという議論も出てきている。

他にも、「トランスコリアン」なる造語がインターネット上で作られ、朝鮮半島にルーツを持つ人々と、トランスジェンダー双方に対する差別的な言説が、一体かつ混然と語られる様が見受けられる。欧米圏等では極右勢力がトランスジェンダーや性自認(ジェンダー・アイデンティティ)概念を攻撃することで自分たちを正当化できると説いており、「女性」や「性暴力被害者」が主なターゲットとなっていることが、イギリス議会等で報告されている。


伝わらない被害


こうしたバッシングの背景には、多くの人があまり知らない、あるいはあまり関心のなかったトランスジェンダーという「未知の人々」への恐怖や不安があるのではないだろうか。

しかし、実際にはトランスジェンダー女性が性暴力加害者であった事例は国内でほとんど見られず、むしろ性暴力被害者としての事例がいくつも報告されている。

例えば、タクシー運転手のトランスジェンダー女性が3人組の男性乗客に公園に連れ込まれ、売上金を全部取られた。しかし、警察には盗難事件とされ、強姦事件としては扱われなかった。被害者はパニック発作が起きるようになり、タクシーに乗車できなくなったという。


進まぬ実態の把握


自治労が2021年に行なった組織内調査でも、LGBTQ+は、過去5年間にLGBTQ+ではない女性の2倍、セクシュアルハラスメントを受けたという結果が出ている。ただ、トランスジェンダーを含む性的マイノリティの人々が差別や偏見によって抱える困難に関する国内の統計調査自体が少ない。

そのため、実態の把握すらままならず、当事者が声をあげること自体が難しいのが実態だ。これは差別の厳しさを表す一面といえよう。

性暴力被害者の支援に長年取り組んできた北仲千里さん(全国女性シェルターネット共同代表)は、「性犯罪者とトランスジェンダー女性は別であるにもかかわらず、紛らわしいからと攻撃してはいけない」と指摘する。さらに、加害者個人が批判され、責任を取らされるべきなのに、(性的な)「カテゴリー」や「全体」を攻撃するのは、ヘイトスピーチやヘイトクライムであると述べている。


一般化して貶めるな


女性運動は、「女性は生意気」「女性は強調性がない」といった、「女性」をひとくくりにして貶める言動を批判してきたはずだ。

2021年、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長だった森喜朗元総理の「女性は話が長い」発言に対する抗議行動にしても、それに連なる出来事だったのではないか。

女性運動は、繰り返し繰り返しこのような経験をしてきたはずだが、一部とはいえトランスジェンダー女性を一般化し、貶める側に回っているとすれば、それは極めて残念なことではないか。

私たちが大切にしてきた価値が、不安や恐怖、それらを煽るプロパガンダやフェイクニュースによって壊されていく。様々な分野で起きている現象である。トランスジェンダーへのバッシングは、それらの一環であり、最前線の問題である。


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