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「ほっと岡山」代表 服部 育代さんに聞く 避難者がいなかったことにならないために

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12年が経つ今も、原発事故の影響で避難をした人々は全国各地に存在する。生活再建が順調な人もいれば、心身の不調を抱えて生活困窮に陥る人もいる。しかし、「原発事故さえなければ…」とふと思う瞬間をみなが抱えている。 岡山県には、愛知県以西で最も多い844人の避難者が暮らしている。発災直後から、岡山県内では避難者受け入れ支援が複数の民間団体で始められ、2013年頃からは避難・移住を希望する人たちが目立って増え、「岡山現象」と呼ばれるほどだった。実際に、他県では避難者支援は横ばい(ないし減少傾向)だった2014年12月頃、岡山県だけが避難者数が増え続けていた(『原発避難白書』人文書院)。 「ほっと岡山」の服部育代さんは、その避難者の人たちへの生活再建支援、安心して語る場や交流会開催を行なう支援団体の代表として活動し続けてきた。集う避難者は「実家のようだ」「ここに来れば、本音を話せる」と胸のうちを明かすという。 ▼「子どもたちを守りたい」 服部さんは、自身も東京都からの避難者だ。原発事故から12日後には金町浄水場のセシウム濃度が基準値以上になったように、放射能汚染は福島県内だけではなく、関東圏、さらにその先の広範な地域に広がった。 「子どもを守りたい」と願う全国の母親たちが、SNSで繋がった。服部さんは、2011年7月、「放射能から子どもたちを守る全国ネットワーク」の立ち上げに加わった後、当時6歳と4歳だった子どもたちを連れ、岡山へと避難したのだ。 それから12年。無我夢中で、避難者の拠点「ほっと岡山」の運営を進めてきた。しかし今年、福島県による避難者支援の助成金が大幅に減額され、「ほっと岡山」は、活動継続の危機に立たされている。 ▼「避難者ゼロ」にしたい福島県 団体運営には、様々な経費が必要だが、福島県避難者支援課は、突如、役員人件費や事務所の家賃、電話代などを助成金の対象外とした。全国各地の団体からは、「電話代も出ないのにどうやって相談業務を続けられるのか」「補助金が支給されるまでは、自腹を切らなければいけない」「避難者にしかわからない苦悩があり、自分で団体を立ち上げて手弁当で活動してきた。はしごを外された思い」(朝日新聞/2022年7月12日)といった声も上がった。 福島県は、「福島県第三次復興計画(2015年12月)」の中で、2020年に避難者数を「0

【連載:わたしのからだ わたしが決める】①「わたしの からだ」は反権力

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岩崎 眞美子 (いわさき・まみこ) 1966年生まれ。フリーランスライター/編集者。 SOSHIREN、「#もっと安全な中絶をアクション」メンバー。   ♥「リプロ」との出会い リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)という言葉に私が初めて出会ったのは90年代半ば位だったように思う。その頃の私はまだ20代。10代の頃からの自虐的で屈折した自意識をバリバリに引きずっていた。ひとことで言えば、自分の「女のからだ」が、いやでいやでしょうがなかった。 「男の子みたい」と言われて育ち、自分でもそれを気に入って一人称は「ボク」。そんな私が、中2で初潮を迎えたとたんに体型が激変、過剰に膨らんだ大きな胸に耐えられなかった。親が期待する「女の子らしさ」に合致しない自分、クラスの残酷な男の子たちに「ブス」と言われ続けたことは、思春期の私にとって「おまえは女ではない」という世間からの査定であり、自分でもそう思っていたのに、人一倍女っぽい体型なのが耐えられなかった。 ここまで極端ではないにせよ、このような体験は、この社会で「女のからだ」を持って生まれた人なら誰もが一度は通過するものなのではないだろうか。性別違和を抱えるトランスジェンダーの方たちならなおさらだが、シスジェンダーであっても、世間が認める「女」であるかどうかをジャッジされ続ける社会は、生きるに負荷が多すぎる。 前置きが長くなったが、そんな私を解放してくれたのが、リプロの概念だった。「わたしのからだはわたしのもの」。「産む産まないはわたしが決める」。毎月の面倒くさい生理とPMS(月経前症候群) は、「子どもを産むため」のものではなく「わたしのからだ」からの定期通信であり、「ブスにその胸、無駄」と言われた大きな胸も、男からの査定や″いつか産む”赤子のためのものではない「わたしのからだ」そのものなのだ。そんな当たり前のことにやっと気づけて、私は自分のからだを、少なくとも嫌いではなくなった。それは、リプロの運動を通して多くのフェミな先輩方のパワフルで自由な生き方に出会ったこともとても大きい。 ♥SOSHIREN 先月、私も参加しているSOSHIREN(ソシレン)が、多田謡子反権力人権賞を受賞した。ソシレンは、1982年の優生保護法改悪に反対して生まれたグループで、刑法堕胎罪の撤廃など、リプロを巡る様々

安保3文書と日本の大軍拡 米国追従こそ戦争を呼び込む

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布施祐仁(ふせ・ゆうじん) 1976年生まれ。フリージャーナリスト。著書に『自衛隊海外派遣 隠された「戦地」の現実』(集英社)、『日米同盟・最後のリスク なぜ米軍のミサイルが日本に配備されるのか』(創元社)など。『ルポ・イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)で平和・協同ジャーナリスト基金賞とJCJ賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(三浦英之氏との共著、集英社)で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。 岸田政権は昨年末、新たな国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の3文書(安保3文書)を閣議決定し、「防衛力を抜本的に強化する」と称して5年間で43兆円という未曾有の大軍拡計画を打ち出した。 敵基地攻撃能力の保有とあわせて、日本国憲法の下で「専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にはならない」としてきた戦後日本の基本方針をいとも簡単に投げ捨てようとしているかのように見える。 米戦力を補完する日本 “レール”は、昨年5月の日米首脳会談で既に敷かれていた。 会談後に発表された共同声明に「岸田総理は、日本の防衛力を抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する決意を表明し、バイデン大統領は、これを強く支持した」との一文が盛り込まれた。まさに、この時の「対米誓約」に基づいて日本の「安保3文書」は策定されたのである。 共同声明には「両首脳は、日米で共に戦略を整合させ(中略)共同の能力を強化させていく決意を表明した」という一文もあった。この言葉通り、日本の国家安保戦略は、先に策定されたアメリカの国家安保戦略に完全に合わせた内容となっている。 バイデン政権は昨年策定した国家安保戦略で、アメリカが主導する国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた「唯一の競争相手」と中国を位置付け、アメリカの総合的な国力と同盟国の力を統合して中国との戦略的競争(覇権争い)に勝つことを最優先の目標とした。これに歩調を合わせ、アメリカが中国との覇権争いに勝てるよう軍事面でアメリカの戦力を補完するのが、今回の日本の大軍拡計画の狙いである。 ミサイル増強がもたらすもの 「安保3文書」は、表向きには日本の防衛を軍備増強の第一の目的に掲げているが、現実に想定されているのは台湾有事である。 アメリカは中国の台湾侵攻を抑止し、侵攻が生起した

子宮頸がんワクチン勧奨再開―重篤な副反応を看過するのか

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  HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団 共同代表 薬害オンブズパースン事務局 水口 真寿美 成分変わらないのになぜ? 昨年4月、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)の積極的接種勧奨が再開され、それから9カ月が経ちました。再開前は一時1%にまで落ち込んだ接種率は、再開後約17%(4月から7月、10自治体のサンプリング調査、1回目接種)近くまで増えました。 HPVワクチンは、子宮頸がんの予防を目的に開発されたワクチンで、日本では、2009年にサーバリックス、2010年にガーダシルが承認され、2013年4月に定期接種化されました。しかし、深刻な副反応のために2013年6月から、国が積極的な接種勧奨を中止するという異例の措置がとられて8年以上続いたのです。 その中止が解除され、接種勧奨が再開されたのですから、ワクチンそのものが安全になったのではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。積極勧奨の中止当時と現在、ワクチンの成分は何も変わっていないのです。 問題となっているのは、頭痛、全身の疼痛、知覚過敏、脱力、不随意運動、歩行障害、激しい倦怠感、睡眠障害、重い月経障害、記憶障害、学習障害等、多様な症状が1人に重層的に表れる特徴を持つ副反応です。 治すための確立した治療法はありません。この副反応の発生に関する正確な頻度は国の調査が不十分なためわかっていませんが、その危険性は重篤副反応疑い報告の頻度が他の定期接種ワクチンの平均と比較して8倍以上だということにも示されています。 HPVワクチンには、自己免疫性の神経障害を引き起こしやすい成分があることが多くの研究でわかってきています。その成分が変わっていないのですから、当然といえば当然ですが、再開後の重篤副反応報告の頻度は従前と変わりません。新たな被害者の相談が、被害者団体や弁護団に寄せられています。 「寄り添う支援」の現実 では、そもそも、なぜ再開されたのか。厚労省は「安全性について特段の懸念が認められないことがわかった」「被害者に寄り添う支援もします」等と説明していました。 しかし、審議会では、危険性を示す国内外の研究成果は検討されていません。また、「寄り添う支援」策も極めて不十分です。治療法の研究開発の支援は予定されておらず、予算もついていません。厚労省は全国の協力医療機関数を増やしていますが、大

海は生命の源 汚染水の海洋放出を止めたい

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武藤類子(むとう・るいこ)さん 1953年福島県生まれ。福島県三春町在住。養護学校教員を経て、2003年に里山喫茶「燦(きらら)」を開店。チェルノブイリ原発事故を機に反原発運動にかかわる。福島原発告訴団団長、原発事故被害者団体連絡会共同代表。著書に『福島からあなたへ』『10年後の福島からあなたへ』(大月書店)、『どんぐりの森から』(緑風出版) 私たちが住む地球は水の惑星と言われているように、海が大きな面積を占め、世界をつなぎ、その海がなければ生命体は生きることができません。しかし現在、プラスチックや様々な化学物質が流れ込み、汚染が進んでいます。そして放射性物質による汚染。福島原発事故で膨大な量の放射性物質が海に流出しましたが、さらに福島第一原発の敷地内に貯められたALPS処理汚染水が海洋投棄されようとしています。人類が起こした事故によって発生した放射性の汚染水で、生命の源である海を汚すことが許されるのでしょうか。 現在、福島第一原発構内には、約130万㌧の放射性汚染水がタンクに貯められていますが、膨大な汚染水が発生した発端は、建設当初まで遡ります。資材を海から荷揚げしやすくしたり、運転時の冷却水を取水しやすくするために、海岸の崖を20メートル切り崩しました。そのため沢が削られたり、地下水脈が切られたりして、敷地には1日約800㌧の地下水が流れ込む状態になりました。 それをサブドレンと呼ばれる井戸で汲み上げ、海に捨て続けていましたが、地震と津波でサブドレンが壊れ、地下水が建屋に流れ込み、溶け落ちた核燃料に触れて、膨大な放射性の汚染水が発生しました。 既に流し続けている汚染水 3・11原発事故後、この汚染水は数々の問題を引き起こしてきました。事故直後には、原子炉建屋の脇の溝から超高濃度の汚染水が噴出しました。また、高濃度の汚染水を保管するために、それ以前に貯めてあった低レベル放射性廃液(それでも法定基準の500倍)1万㌧を海に放出しました。 その後も汚染水が大量に漏れ出ていたのですが、政府や東電が汚染水の海洋漏出を正式に認めたのは、2年以上経ってからでした。2013年には、経産省の汚染水処理対策委員会で、決まりかけていた粘土壁をやめて、鹿島建設の凍土壁が採用されました。在来工法の粘土壁と異なり、先端技術を導入すると開発費として税金が投入でき、東電の負担が減らせ

宗教右派と自民党の国家観にNO!  個が尊重されるために

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山口智美(やまぐち・ともみ)さん モンタナ州立大学社会学・人類学部教員。日本の社会運動を研究テーマとし、70年代から現在に至る日本のフェミニズム運動、2000年代の右派運動などを追いかけている。共著に、『社会運動の戸惑い』(斉藤正美・荻上チキとの共著、勁草書房2012)、『海を渡る「慰安婦」問題』(能川元一・テッサ・モーリス-スズキ・小山エミとの共著、岩波書店2016)、『宗教二世』(荻上チキ編、太田出版2022)など。 昨年7月の安倍元首相銃撃事件以降、旧統一教会と政治との関係に注目が集まるようになった。そして、「家族」をめぐる政策への影響にも少しずつ関心が寄せられるようになってきた。 2015年の名称変更を経て、現在の旧統一教会の正式名称は「世界平和統一家庭連合」(略称「家庭連合」)である。教団にとって「家庭」が最重要の位置付けであることが明らかであり、旧統一教会は2000年代に激化した男女共同参画や性教育へのバックラッシュ(反動)をリードした組織でもある。 旧統一教会の家族観 2022年10月には、2001年の衆院選の際に、自民党の一部議員と旧統一教会の関連団体「世界平和連合」の間で、実質上の政策協定といえる「推薦確認書」が交わされたと報じられた。推薦確認書には5項目が含まれていたが、そのうち「家庭教育支援法・青少年健全育成基本法を制定」及び「LGBT問題、同性婚合法化の慎重な扱い」という2項目は、家族に直結する内容だ。そして、「憲法改正」項目についても、旧統一教会は24条に家族保護条項を盛り込む主張を行なっており、「家族」との関連は深い。 2016年、東京都渋谷区の「同性パートナーシップ」制度の導入について話を聞こうと、旧統一教会の本部に共同研究者の斉藤正美と共に行き、広報担当者に取材したことがある。その時に渡された広報文書によれば、教団は「家庭」が「社会の基本的な単位」であるべきと考えており、結婚は男女間に限定されるべきもので、同性婚は決して認めるべ きではないのだという。さらに「三世代同居 が 理想的な家庭像である」とも書かれていた。 私が旧統一教会の関係者に聞いてきた話からも、同性パートナーシップや同性婚に反対するのは、一夫一婦制に基づいた、彼らが考える「理想的な家庭」のあり方と矛盾しており、それを崩壊に導くと考えることが大きな理由として挙げ

どこにもある「ムラ社会」  排除と思考停止をどう乗り越えるか

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  宮崎園子(みやざき・そのこ)さん 広島在住フリーランス記者。1977年、広島県生まれ。育ちは香港、米国、東京など。慶應義塾大学卒業後、金融機関勤務を経て2002年、朝日新聞社入社。神戸、大阪、広島で記者として勤務後、2021年7月に退社。小学生2人を育てながら、取材・執筆活動を続けている。『「個」のひろしま 被爆者 岡田恵美子の生涯』(西日本出版社)で、2022年度第28回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞。 少し前の話だが、映画館で『裸のムラ』を観た。政治家たちやいくつかの家族に密着し、「ムラ社会」とは何かを描いた、石川県が舞台のドキュメンタリーだ。時代の空気感や社会に漂うモノを切り取り、スクリーンで表現するというのはとても難しいことだと思うが、それらを見事にあぶり出した作品だとわたしは感じた。 特に印象に残ったシーンが2つある。 1つは、映画の主たる被写体となった政治家らの一場面。保守三つ巴の激戦を制した新知事誕生を祝う壇上で、大きな花束を抱えた女性たちが、喜びの当選者に手渡し終えるといそいそと壇上から撤収した。贈呈後、壇上で喜び合ったのは見事に男性だらけだった。新知事は女性の活躍を応援するというようなことをマイクを持って語っているのに、だ。 もう1つは別の主人公となったある家族のシーンだ。パソコンとスマホを使って仕事をこなし、大型車両(バン)を拠点に、場所に縛られない働き方を実践して自由に生きるノマドワーカーの父親と同居の娘。父親からパソコンで日記をつけることを日課にさせられている娘はイヤイヤ従うが、「書けたよ」と見せても、父親は自分のスマホを見ながら適当にあしらうだけだ。 小道具としての“女性” マスメディアで19年間働き、最近そこを離れたわたしには、これらをはじめ、あらゆるシーンが自分自身の体験と重なって、何とも言えない気分になった。端的に、そして少々雑に表現するならば、「女ってさしづめステーキの横の付け合わせの野菜なんだな」。見栄えを良くするための飾りというか、男の「やってる感」を醸し出すための小道具というか。 2017年4月、わたしは子ども2人を連れ、夫とともに大阪本社から広島に転勤した。上司からは「ワーク・ライフ・バランス」だの「ロールモデル」だの、いろんなミッションを背負わされた。女性記者のキャリアアップを軸とした家族同伴の地方

科学と戦争 大軍拡に科学者が加担しないために

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井原聰(いはら・さとし)さん 東京工業大学で科学史・技術史を学び、茨城大学理学部教授、東北大学国際文化研究科教授、東北大学学際高等研究教育院長、現在東北大学名誉教授、大学フォーラム事務局長 ある日突然、大学の一研究者に内閣府から「貴殿の研究が特定重要技術に認定されました。研究開発協議会という制度がありますので、この制度を使いませんか」「この協議会は貴殿の研究推進のための組織となります。研究資金も豊富に支援できます」「研究推進・管理に国が協力し、官民伴走もします」「政府が所有する、貴殿が最も必要とする情報を提供します。漏洩の場合、罰則はありますが、機密情報を含まない研究成果の発表なら自由です」と声がかかったとしたら、研究者はどうするでしょうか? 困窮する大学では、外部から研究費を取ってこないと研究ができません。そのため、文科省の科研費や他の省庁の委託研究費等の国費、民間の研究費を得て研究が行なわれています。国費で行なわれていて特に優れた先端技術研究には、前記のような誘いをかけることができるようになりました。 「特定重要技術」の意味を一知半解のまま、研究資金が豊富などと言われると触手が動き、多くの研究者が承諾してしまうかもしれません。「特定重要技術」だと目利きをして、このような誘いをかける制度(経済安全保障推進法以下、経済安保法と略)が2022年5月に作られてしまったのです。 研究者を誘い込む手口 実はここで言う「特定重要技術」は、経済安保法では「将来の国民生活及び経済活動の維持にとって重要なもの」ときわめて漠然とした経済施策の顔をした定義でした。しかし、2022年9月30日に閣議決定された「基本指針」では「技術や情報が海外に流出した場合、国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの」とされました。 「国家及び国民の安全」という枕詞がつくと、多くの場合、国家安全保障に関連します。「特定重要技術」とは先進技術・先端技術、はたまた新興科学技術を指し、「国家及び国民の安全を損なう」ことになる技術、つまり防衛装備技術=軍事技術を指すといってもよいでしょう。防衛省とはかかわりがないので、研究者を誘いやすいシステムです。「特定重要技術」と称して軍事技術研究開発に誘い込むもので、既にこのために5000億円もの基金が予算化されました。 国会の審議やマスコミの報道な

【連載・日本の教育の現在地】国家への貢献求める圧力と排除の中で(本田由紀さん)

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本田由紀(ほんだ・ゆき)さん 徳島県生まれ、香川県育ち。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。日本労働研究機構研究員、東京大学社会科学研究所助教授等を経て、2008年より東京大学大学院教育学研究科教授。専門は教育社会学。教育・仕事・家族という3つの社会領域間の関係に関する実証研究を主として行う。著書に『教育は何を評価してきたのか』『「日本」ってどんな国?』など。   教育とは何か 現代社会において、人々は家族の中で生まれ、保育や幼児教育を経て学校教育を経験し、いずれかの学校教育段階において教育から離脱して多くは仕事に就き、いわゆる社会人として職業、家族形成、消費、納税、投票などの役割を果たすことになる。この人生初期のプロセスにおいて、大半の者が経験する学校での教育は、その後の人生の経路に大きな影響を及ぼす場合が多い。 筆者が専門とする教育社会学では、学校教育の機能として、「社会化」と「選抜・配分」を挙げる。加えて「正当化」も挙げられることがあるが、ここでは前二者に焦点化しよう。「社会化」とは、教育が子どもや若者に知識や規範を伝達し、彼らを変えることを意味する。通常は有用な知識・スキルや価値が伝達されて社会の一員としてふさわしい存在になってゆくという良い面が想定されるだろうが、学校が伝えるものは必ずしも良いことばかりとは限らない。他方の「選抜・配分」とは、教育機関が学力や卒業・修了の証明を行ない、その内容によって子ども・若者が異なる社会的地位に振り分けられていくことを意味する。 これらの機能を持つ学校教育の制度構造や教育内容などは、国家単位で法律や政策文書によって定められており、その内実には、国家間でかなり共通している部分と異なる部分が混在している。ほぼ共通の部分としては、学校教育制度が初等・中等・高等教育から成り、前半の数年間が義務教育とされていること、教員が一定数の児童生徒に対して科目別に教室で授業をすること、何らかの段階で重要な選抜のための試験が実施されることなどが挙げられる。国家間で異なる側面は、教育の理念、財政、諸規定など多岐にわたる。 日本における教育の特徴 特に今世紀に入ってから、国家間の教育に関する比較研究を発展させることに資するデータが飛躍的に蓄積されてきた。それらを活用することで、日本を含む各国の教育の特徴につい