生活困窮ー非正規労働の拡大が元凶(2022年1月31日号)

 

毎日新聞 東海林 智

10年以上変わらぬ現実

2020年、2021年の年末年始に生活困窮者を支援する「年越し支援・コロナ被害相談村」の実行委員会に参加し、2年連続で支援行動に参加した。それ以前、2008年の年末には、リーマンショックで住居や仕事を失った派遣労働者を支援する「年越し派遣村」にも実行委員として参加してきた。

10年の時を経て取り組んだ、2つの行動から見えてきたのは、非正規労働者を犠牲にして経済を回しているこの国の危うさだ。「派遣村」はそうしたシステムの酷薄さを可視化し、大きな反響を呼んだが、その現実は10年以上も経て、何も変わっていなかった。

「社会に大きな出来事が起こると、普段は隠されている非正規雇用の不安定さが浮き彫りになる」。派遣村と相談村、その両方に責任者として関わった棗一郎弁護士は言う。派遣村では、製造業務派遣で働いていた主に男性の派遣労働者が大きな被害を受けた。そして、今回のコロナ禍での相談村では、非正規労働者全体に生活困窮が広がった。被害が目立つのは、女性と若年、高齢の人。共通点はいずれも非正規労働者が多い属性であることだ。

増える女性の相談者

この年末年始の相談村(12月31日、翌1月1日)の利用者は、男性が329人、女性は89人。計418人が相談した。相談をせずにお弁当など食料支援のみを受けた人を加えれば、利用者は500人を超える。

年代別では50代が最多の94人で、60代、40代の順となっている。70代も65人いた。また、昨年12月25、26日と今年1月8、9日に女性たちが開催した「女性による女性のための相談会」には、4日間で382人の女性が相談に訪れた

派遣村の時は、女性が相談しにくい雰囲気のためもあったが、利用者はほぼ男性だった。しかし、今回の相談村は女性の利用者が2割を超えた。

女性は5割以上が非正規で働いている。非正規は、休業や売り上げ減少がストレートに収入に影響する。高齢者が多いのを疑問に思う人がいるかもしれないが、高齢者の多くは年金だけでは暮らしてゆけず、非正規のアルバイトなどをして収入を得て、何とか生活しているのが実態だ。そうした人もコロナ禍の影響をもろに受け、生活が困窮しているのだ。

女性と高齢者は奇しくも、安倍晋三元首相が「女性活躍」「高齢者の生きがい確保」など聞こえの良いスローガンを掲げ、労働市場に誘導。彼はそれを「働き方改革の成果」と誇ったが、派遣村で指摘されたような非正規の不安定さを改善しなかった〝改革〟の結果が、今、生活に困窮する人を作り出しているのだ。





追い詰められて「受け子」に


コロナ禍で非正規労働者は、リモートワークの対象になることも少なく、職場に出て働いた。しかし、いったん休業となれば、正社員がもらっている休業補償も受けられなかった例は少なくない。

その背景には、「シフト制」と呼ばれる働かされ方があった。使用者がシフトを決めるまで、何時間、いつ働くのか定まらない使われ方。まるで、部品のように必要な時に使われ、そうでない時は〝倉庫〟に置かれる存在だ。使用者は「シフトが決まってから初めて労働時間が決まる」を口実に、シフトが決まっていないと多くが休業補償をしなかった。

シフト減による収入減や解雇は直接生活困窮につながる。もともと最低賃金に近い額で働く人々は、日々の生活に精一杯で、十分な貯蓄はない。国の貸し付けを始め、民間の炊き出し、食料支援などあらゆる方法を使い生き延びている。中には、家賃を滞納し、追い出しにおびえ、特殊詐欺の現金引き出し役の「受け子」に手を染める人もいる。コロナの感染拡大以降、特殊詐欺の受け子で逮捕される若年女性、高齢者が目立つ。わずかな報酬で、一番逮捕される危険性の高い役回りに就く。そこまで追い込まれている。女性の自殺者が増えているのも生活困窮の深まりと無関係ではない。

緊急にやるべきことはたくさんある。困窮から住居を喪失した人が公営住宅に入れるよう目的外使用を認めることや生活保護制度の柔軟な利用を可能にすること、貸し付け、給付制度の充実など。

長期的には、まともに働けばまともに暮らせるよう、最低賃金の引き上げ、個人請負制度の安易な活用への規制、シフト制への法規制などが求められる。最低賃金を全国一律で1500円に引き上げるなどと言うと、目を三角にして怒る人もいる。しかし、労働は商品ではない。人間らしく暮らせる賃金がいくらかと真っ当に考えれば、とんでもない要求などとは言えないはずだ。人が働く事を軽んじた結果が今なのだから。

(2022年1月31日号)


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