「希望」と「復興」の狭間で なかったことにされたくない──終わらない原子力災害① (2022年2月10日)

フリーライター吉田千亜 


埼玉に母子避難をしているある女性からメールが来た。「原発事故のことは、思い出したくないけど、忘れられたくないし、なかったことにされたくない」と。前に進もうとしているのに、足枷のように引き戻される。被害当事者にそんな苦しみを抱えている人がいるのならば、「周囲の私たちが絶対に忘れないから、忘れてもいいよ」と言えることが大切なのかもしれない。

11回目の3・11が近づいてきた。連載の道標として、福島県が昨年12月27日に発表した『ふくしま復興のあゆみ』を見ておきたい。

福島県は2020年度まで、県としての「復興計画」を3回出してきた。その後、有識者や県内各団体の代表者、公募により選出された県民等で構成される「福島県総合計画審議会総合計画・復興計画策定検討部会」による審議や県内各市町村との意見交換、パブリック・コメントによる意見を踏まえ、2021年3月29日に「第2期福島県復興計画」を策定している。





『ふくしま復興のあゆみ』は、それとは別に、福島県内の現状を伝えるものとして、2012年からこれまでに40冊近くが出されている。最新版によると、2011年3月から人口は21万2576人(2万2458世帯)減った。これは『福島県の推計人口(福島県現住人口調査月報)』によるもので、推計人口は5年ごとの国勢調査人口の確定人口を基にするため、実際の人口に近い数が算出されている。

しかし、福島県全体で21万人以上人口が減っていても、「避難者数」は3万5000人と県は発表している。実態との乖離を示すものは他にもあり、前述の「第2期福島県復興計画」を見ると、「避難地域等復興加速化プロジェクト」のページには、「関連指標」として、避難区域等の居住人口について、震災前と現況が載せられている。そこには、震災前に14万6400人、現況は6万6900人と書かれ、単純計算で7万9500人が避難をしていることになる。

2015年頃にも、埼玉県内の支援団体の調査によって「避難者数が実態と乖離している」とわかり、報道等でも問題になった。当時は、避難指示区域外から避難しているいわゆる「自主避難者」(以下、区域外避難者)の数が数えられていないことが焦点だった。しかし現在、区域外避難者にとどまらず、避難指示があった地域の避難者までもが堂々と外されているのだ。


希望の言葉は被害を隠す。これまでも、被害を訴えることと、復興を訴えることで分断が生じてきた。「命と健康」と「経済」と、どちらを守るか(新型コロナ政策に通じる点でもある)。時間の経過とともに、命と健康を脅かす放射能汚染は「なかったこと」にされ続けてきた。そして10年を境に、タガが外れたかのように、浜通りでは何兆円という予算が注ぎ込まれ、いくつものプロジェクトが進行している。「惨事便乗型復興祭り」だ。

その予算は、政策担当者が「計算できない」というほど、あちこちから「復興」の名のもとに予算がつけられている。NHKの報道では31兆円を超えると伝えられているが、その実態は知られていない。


10年以上、取材のために福島県内へ通う中で、「取材」ではない縁で繋がった福島県内の友人・知人も増えた。

先日、普段は原発事故について話をしない場で、現状の福島県について、どんなふうに思うかと聞いてみたことがある。単刀直入に「福島は安全、という言葉についてどう思うか」と尋ねたところ、「それは100%安全とは言えないよ」と話してくれた。1人の男性は「子どもたちへの影響」について語り、もう1人の女性は「汚染水の海洋放出」について語り始めた。また、「普段は考えないけど、ふと思い出すことがある」と話し始めた男性は「庭のタラの芽を毎年楽しみにしていて、天ぷらにして食べるけど、子どもには食べさせない」と話していた。

そういったささやかな暮らしの楽しみが奪われ続けている11年の「被害」は、なかったことにされてしまう。





例えば、「ホープツーリズム」という観光業の振興政策がある。「ふくしまならでは」の観光資源の磨き上げに取り組むとともに、東日本大震災・原子力災害伝承館等を活用した旅行計画だ。海外のインフルエンサーや旅行関係者招請を実施し、外国人観光客の受け入れ態勢の整備を進めている。全国の学校の修学旅行にも推奨され、JTBのホームページには事例も紹介されている。復興庁の2022年度予算は、5億円。

それとは別に「ブルーツーリズム」に3億円の予算が復興庁から示されている。汚染水の海洋放出を見込んだ「風評被害」対策だ。すでにいわき市・南相馬市で開催。参加者は海産物を食べたり、海辺のレジャーを楽しんだり。旅行費用は全て無料である。

そして、浜通りの開発計画である「イノベーション・コースト構想」や、地域外からの参入も含めた農業者支援には、それぞれ80億、52億円の予算がついている。

そして、こういった事業については「ふくしまの復興のあゆみ」の中で、被害の現況よりも大きな幅を割いて紹介されている。いわば「安全」を喧伝するために使われている税金だ。本当にそれは、被災者・被害者の「復興」になっているのだろうか。


次回は、『ふくしまの復興のあゆみ』に掲載されている場所を手がかりに、実際に浜通りを歩いたレポートをお伝えする。

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