現代の「国家総動員法」? 経済も学問も縛る経済安保法(2022年6月10日号)





海渡 雄一 (経済安保法案に異議ありキャンペーン)

 5月11日、参議院本会議で経済安保法(経済安全保障推進法)が成立してしまった。

実は、これに先立ち、2020年4月、国家安全保障局(NSS)が「経済班」を組織し、経済安保法の危険性を先取りしたような刑事事件が既に発生していた。「大川原化工機」事件である。中国・韓国への噴霧乾燥器の輸出について、「生物兵器に転用可能な機器を不正に輸出した」として同社社長ら3人が逮捕された。3人は1年近くも勾留され、第1回公判前に検察官が起訴を取り消すという異例の事態となった。

経済安保推進法の最大の特徴は、法の根幹にかかわる「経済安全保障」そのものに何の定義もなく、多くの重要概念や基本的事項が政令と省令と政府の決める「基本方針」や「基本指針」に丸投げされ、規制される内容が法律だけを見ても皆目見当がつかないことである。政令委任個所だけで138カ所を数える異常さだ。この点は、戦前の戦争遂行体制を法的に支えた「国家総動員法」に酷似した性格を持っている。

官民連携による軍事研究の推進

経済安保推進法案の4本の柱の中には、先端的な重要技術の研究開発について官民協力を強めるとして、総理大臣をトップとする官民協議会をつくり、さらに100人の研究者を集めるシンクタンクを作るとされている。

福島みずほ参議院議員は、4月19日の参院内閣委員会の質疑で、小林鷹之大臣から、「研究開発の成果が防衛省の判断で、防衛装備品に活用されることはあり得る」との答弁を引き出した。

設立されるシンクタンクに、学位授与機能を持たせることも検討されている。経済安保法のもとで2500億円もの基金を作ろうとしており、大変な大盤振る舞いだ。軍事研究に長らく非協力を貫いてきた学術会議への攻撃と、学術全体を軍事に絡めとる経済安保法とは直線的に繋がっている。

また、法には多くの罰則が定められている。このような罰則による規制により、若い研究者を軍事技術分野の研究に囲い込み、守秘義務を課して転職を困難にしてしまうのではないかとの問題点も指摘された。

中国製ITシステムを一掃か

また、重要物資の安定確保のためのサプライチェーン(調達・生産・物流・販売・消費等の一連の流れ)の強化や、サイバー攻撃に備えた基幹インフラの事前審査については、「外部への依存」「外部からの妨害」などの概念が使われている。

この「外部」とは何を指すのか、法案には定義がない。日本の外部の国々全体を指すわけではないと言いながら、中国は外部で、アメリカは外部ではないのかと質問すると、小林大臣は「予断を持ってお答えすることは困難」として、まともに答えなかった。

参院で参考人として公述した坂本雅子参考人(名古屋経済大学名誉教授)は「経済安保法は、米国が経済的・軍事的覇権のために中国企業の排除を進め、日本政府とその主要なIT企業に対しても、主要な中国IT企業との絶縁を求めている」と指摘した。

経済制裁から戦争へ向かうリスク

多くの日本国民は、経済安保法を作ったことで、日本側から経済戦争を仕掛けたことを理解していない。中国政府が経済的な報復に打って出れば、中国が日本に経済戦争を仕掛けてきたと感じ、メディアも政府与党と一体となって「中国けしからん」という大合唱になるだろう。

私たち日本国民は、憲法第九条一項によって、国際紛争の解決手段として「戦争」というやり方を放棄した。重大な経済依存関係にある中国に経済戦争を仕掛けることは、本物の戦争を呼び込むことになりうる。このような深刻な危険性を持つ法律が成立したことをみなさん記憶してください。

最大野党の立憲民主党は、疑問を呈しながら内容不明な法律に賛成してしまった。平和運動団体等も、大きく反対の声を上げることができなかった。法律の中身の大半が政令以下に委任されてしまっているため、具体的に何が起きるのか、事前に把握することが難しく、反対の声を広げることは極めて困難だった。規制の中身を隠して法を成立させる戦略だったと思われる。

しかし、私たちはあきらめない。今後、経済安保法が現実化すれば、反対の声や疑問が大きく広がってくるだろう。国会議員は覚悟を持って、法の適用に縛りをかける作業に取り組んでほしい。


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