「困難な問題を抱える女性支援法」成立 ──管理的な「婦人保護事業」から当事者中心の「女性支援」へ(2022年6月25日号)


戒能 民江(お茶の水女子大学名誉教授)

「女性支援新法」の成立と婦人保護事業の脱売防法化

2022年5月19日、「困難な問題を抱える女性への支援法」(以下、女性支援新法)が衆議院本会議において全会一致で可決成立した。婦人保護施設などの支援機関の働きかけにより、超党派の女性議員を中心に取り組まれた議員立法である。支援現場と議員との意見交換の積み重ねが、法案として実を結んだ。

この「女性支援新法」は、1956年、売春防止法第4章「保護更生」を法的根拠に創設された婦人保護事業を「脱売防法化」して、新たな女性支援事業への転換を図るものである。新法制定に伴い、売春防止法第4章と第3章「補導処分」が廃止されることになった。

現行の婦人保護事業は、「社会環境の浄化」のために、「売春をするおそれのある女性」(要保護女子という)の「保護更生」を目的としており、婦人相談所、婦人相談員及び婦人保護施設の3機関によって構成される。

そもそも、売春防止法(以下、売防法)は、客を勧誘する人やあっせん業者を「売春助長行為」として刑事処罰の対象とする特別刑法である。しかし、戦後の混乱期に、貧困などさまざまな困難を背負った女性たちには、処罰だけではなく「救済」が必要だとして創設されたのが「婦人保護事業」である。


婦人保護事業による女性支援の限界


1970年代以降、日本社会は高度成長期を経て大きく変容し、女性の相談ニーズは困窮や家族問題、離婚など多様な生活問題へと広がっていくが、売防法改正は行なわれず、行政の通知による「要保護女子」の対象範囲の拡大での対応に終始した。

売防法には行政による「保護と施設への収容・指導」はあるが、「支援」概念はない。個別のニーズへの対応や専門的支援などは想定されず、一時保護退所後の生活再建支援の法的根拠がないまま、他の法制度や社会資源を総動員して支援せざるを得なかった。若年女性支援などの現代的課題へのアプローチもほとんどみられなかった。婦人保護事業の限界が指摘され、必要な女性に届く支援体制を求める声が高まっていった。


「新法」のポイント


「女性支援新法」の新しさはどこにあるのか。最も重要なのは支援の「基本理念」の明記である。

第一に、当事者の意思の尊重とその人の抱えている問題や背景、心身の状況などに応じた「最適な支援」を受けられるような多様な支援を包括的に提供する体制整備を行なう。つまり、行政による「管理的な視点」から脱却した支援と当事者中心主義の徹底を求めている。

第二に、民間団体との協働である。現行婦人保護事業での支援は行政主導であり、民間団体との連携には課題が多い。行政から民間への「丸投げ」や民間への行政の上から目線、民間から行政へのつなぎの難しさなどが、民間の支援活動には大きな壁になっていた。新法では、民間の自主性を尊重した上での
、民間と行政の「協働」体制を明確にした。

第三に、女性が直面する困難の解決のためには、性差別社会のあり方が問われること、人権擁護と男女平等の実現が必要なことを示した。

さらに、国や地方自治体の公的責任による支援が確実に実施されるように、国の基本方針や都道府県の基本計画策定が義務化され、地域の多機関連携による支援の仕組みとして支援調整会議が新設された。


今後の課題


新法制定によって、66年ぶりに女性支援の新たな扉が開かれ、女性福祉構築へ向けて再スタートを切ることになった。2年後の施行を前に、多様な支援メニューの具体化や、婦人保護事業3機関(婦人相談所・婦人相談員・婦人保護施設)や都道府県と市区町の役割分担などを定める基本方針の策定が急がれる。

また、安定的な予算確保や人員の拡充なども課題である。厚生労働省には新法を所管する専任の管理職の設置も要望している。最後まで争点となり、努力義務にとどまった「女性相談支援員」の市区への義務設置化は3年後の見直しの焦点である。

支援の中核として、現行の3機関は名称を変えて存続するが、内なる売防法思想からの脱却と当事者中心主義への転換が問われている。


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