浜通り「ショックドクトリン」ー中間貯蔵施設(2022年6月25日号)


浜通りの「福島イノベーション・コースト構想」は、「東日本大震災及び原子力災害によって失われた浜通り地域等の産業を回復するため、当該地域の新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト」として2014年頃から進められてきた。ロボット、エネルギー、廃炉、農林水産等の分野で、産業集積や人材育成、交流人口の拡大等を目指すプロジェクトだ。

今なお、避難指示区域が残り、避難指示が解除されても帰還する住民は少ない浜通り。その閉ざされた地域で、どのような開発が進められているのか。南相馬市のロボットテストフィールド、特定廃棄物埋め立て処分施設に続き、今回は、閉ざされた中間貯蔵施設敷地内についてレポートする。

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原発事故を起こした福島第一原発を囲むようにして、双葉町と大熊町の国道6号より東側は、すっぽりと中間貯蔵施設の敷地となった。「最終処分」までの間、県内の除染で出た土、8000ベクレル/㎏以上の廃棄物、10万ベクレル/㎏を超える焼却灰などがここに貯蔵される。広さは約16平方キロメートル、渋谷区に匹敵する広さだ。中間貯蔵施設敷地内に入るには、住民も事前申請が必要で、一般人は住民と一緒でないと入れない。

2014年から大熊町・双葉町の住民や地権者らに説明会が始まり、多くの反対の声があがっていた。当時の議事録・当事者が残す証言には、生まれ育った大切な土地を奪われることに抵抗する切実な思いが残されている。

その説明会も、メディアが取材できるのは冒頭のみで、ほとんどが閉ざされた会場で行なわれていた。そして、この中間貯蔵施設の土地収容をめぐる「おかしさ」も広く知られていない。


▼まかり通る理不尽


国は当初、用地の全面国有地化を目指していたが、2013年7月に断念し、売買契約だけでなく借地契約を加えた。

「中間貯蔵施設の土地収容を、自動車事故のケースで考えると、その理不尽さがわかる」と、地権者の1人、門馬好春さんは言う。

例えば、借地契約の場合でいうと、自動車事故を起こした加害者(国)が「この車(土地)、壊れている(汚染されている)から、このくらいの賠償で済ませます」と一方的に安い金額を提示し、さらに「賠償は払うけど、その事故車、30年間、借ります」と言っていることと同じなのだ。自動車事故において、そんな理不尽な話は通らない。

しかし、多くの地権者が、それを受け入れざるを得なかった。なぜなのか。

「『原発の恩恵を受けていた』『賠償をたくさんもらっている』と言われることもありますが、受け入れなければ、今度は『中間貯蔵施設をなぜ受け入れない』と非難されます。放射性物質も、批判も、全部、我々に返ってくる」と話す双葉町の男性がいた。つまり、地域の人々は、決して納得しているわけではなく、「他の地域のためには仕方ない」という気持ちの人がほとんどだ。


▼変容させられた町


その内部を見学すると、さらに驚く風景が広がる。いくつもの作業エリアに分かれた町。汚染された土や廃棄物のために、大きく改造されてしまった。子どもたちが歩いたはずの通学路も、地域の人々があいさつを交わしただろう細い路地も、すべて「放射性廃棄物のためのもの」になっているのだ。

人々が住んでいた家はすべて取り壊され、区画も変えられている。大きなベルトコンベアーで運ばれる土で谷ごと埋められ、それらを管理、焼却、溶融するためにあちこちに真っ白なコンクリートの建造物が建てられている。そして、フレコンバックの海。事故を起こした東京電力の汚染水タンクが見える場所もある。原発事故は、ここまで、町を変容させることが可能なのだ。民家や学校があり、生活があった土地の歴史が消えてしまった。2015年頃に、自宅が中間貯蔵施設敷地になった女性がぽつりと言った言葉を思い出すと、胸が塞がる。

「どこか1カ所でもいいから、昔のままの風景を残してほしいの」。

(吉田 千亜)


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