深刻な女性の「居住貧困」 恒常的な住宅支援を



住まいの選択肢がない母子世帯

まだバブルの余韻が残る、DV防止法制定前夜。大学院生だった筆者は、被害女性とその子どもを連れ、不動産業者を回り、住宅の確保を支援するボランティアをしていた。

知人から借金をして、何とか子どもたちと新たな生活をすると意気込んでいた彼女は、不動産業者の心ない対応に「これが現実か」と肩を落としていた。どの事業者からも、条件を話した途端に顔をしかめられた。うまく事が運ばない母親の苛立ちや不安が、子どもたちに伝染するのが手にとるようにわかった。頼み込んでようやく紹介された物件も、ひどく老朽化したものか、不便な立地でお湯も出ないなど低質なものだ。

「お家へ帰りたい」。内見の最中に子どもが言った。父親からの凄まじい暴力があった、その場所に戻りたいと思わせるほどのひどい空間しか、その親子に選択肢はなかった。女性が独立して住宅を手に入れようとする時、これほど屈辱的な思いをしなければならないのかと思い知った出来事だった。

それから20年が経った今も、女性たちの居住貧困はほとんど改善されていないように感じる。統計的に見れば、ここ数十年の間に女性の就業率は大幅に伸び、日本の女性の労働力率を象徴するM字曲線のカーブも年々緩やかになっている。女性のマンション需要の高まりなどの報道も散見されるようになった。

しかし、その一方で、生活に困窮する女性たちの存在もクローズアップされるようになってきた。背景には、離婚を含む女性の未婚化の進行がある。良くも悪くも、女性の生活を生涯に渡り保障してきた「結婚」というセーフティネットがうまく機能しなくなったことで、女性の貧困が露呈されてきたのである。

不利な立場に置かれ続ける女性

女三界に家なしという言葉がある。独立するまでは親に、結婚した後は夫に、老いてからは子に依存することで、安住の地を得るほかない女性の実情を示したものである。つまるところ、このレーンから外れる女性たちは居住貧困に陥る社会構造があるということである。

結婚当初、住宅の契約者・所有者はより収入の高い男性である傾向が強い。出産後、女性がフルタイムで働き続けるためには、私的な援助や高額なシッターなど独自のインフラがなければ難しい。「育児と仕事の両立がつらい」と働き方を変えれば、途端にキャリアをはく奪される。そのことは、離婚時には大きな不利となって立ちはだかる。持家に住んでいても、自分の名義でなければ住み続けられなくなるリスクは高い。元夫の契約した賃貸物件に留まるには、契約書を書き換える必要があるが、女性に経済力がなければ、再契約自体が難しくなる。

転居しようにも、資力がなければ難しい。不動産の現場では、前年度の所得証明が何よりの信用としてみなされるからだ。よって、紹介される物件は市場では取引が難しい劣悪なものが多い。1〜2室の狭小な空間に複数の子どもと暮らすケースは珍しくはない。日当たりが悪い、カビが生える、虫がわく、騒音があるなど劣悪な環境に身を置く世帯の中には、鬱やアレルギー疾患等の健康被害を訴えるケースが多い。

低家賃であっても、低所得階層にとってその負担は重いものとなる。住居費負担率(月収に占める家賃の割合)3割を限界とする学説が多い中、筆者が独自に実施した調査では、母子世帯の民間賃貸住宅では35%だった。低所得者の生活を支えるはずの公営住宅は供給量が絶対的に不足している。

コロナ禍では、こういった慢性的な居住貧困が一気に露呈された。2020年4月、筆者が緊急に実施したアンケート調査には、「家賃が払えない」という声が多数寄せられた。「食事の回数を減らし、家賃を工面している」という記述もあった。狭小な空間では家族感染は免れず、罹患すれば、重症化しなくとも、「生活苦に殺される」と書いた人もいた。

今ある居住の危機は、コロナによって新たに発生したわけではなく、自助努力の欠如から来るものでもない。明らかに、女性を含む弱者の居住貧困を許容してきた社会の側の罪である。今こそ、政府はその事態に真摯に向き合い、恒常的な居住支援の構築を図るべきである。


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