妊娠したら帰国ー保障されぬ技能実習生の権利




2020年11月、妊娠を誰にも相談できないまま、双子を死産したベトナム出身の技能実習生(以下、実習生)レー・ティ・トゥイ・リンさん。子どもの名前と弔いの言葉を記した手紙を添え、を収めた段ボール箱を自室の棚に安置した行為を「死体遺棄」とされたリンさんは無罪を主張し、多くの人の支援を受けながら裁判を闘っている。

「実習生や留学生の妊娠・出産についての問題は、リンさんのケース以前からずっとあったことです」。こう話すのは、アジアの移民女性のセクシャル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利=SRHR)をめぐる課題を研究している上智大学総合グローバル学部の田中雅子教授だ。

田中さんが実施したオンライン調査では、回答した女性301人中49人(16%)が「妊娠したら帰国・解雇・罰金」といわれたほか、こうしたルールに従うと誓約書に署名させられている。ベトナム人実習生に限れば、回答した12人全員が制限を受けたと答えている。

これまでも、建前と本音の乖離が繰り返し指摘されてきた技能実習制度。リンさんの一審、二審の裁判を傍聴している田中さんに、この制度の根本的な問題とともに、保障された権利からほど遠い在留外国人女性のSRHRの現状を聞いた。


一審と二審の不可解な判決


法律上、実習生は日本人の労働者同様、産休を取得できる。妊娠・出産を理由に不利益を被ることは禁止されているが、現実はそうではないし、自らの権利を知らない技能実習生も少なくないという。

「そもそも『実習生は技術を学びに来ており、労働者ではない』という建前で始まったのが技能実習制度です。その後、労働者として雇用契約を結ぶことが義務化されても、産休など労働者としての権利は行使できていません。実習生は、国家の経済的生産を維持する労働力としてのみ扱われ、彼女たちが地域社会で営む日々の休息や出産など再生産の側面は考慮されていません」。

厚生労働省によると、2020年12月までの約3年間に妊娠・出産を理由とする技能実習継続困難届の提出は637件。実習を再開したのは11件に過ぎない。

妊娠したら帰国させられる。リンさんは、そのことを恐れていた。今年4月10日の支援集会では、何度も有給休暇を求めたものの、組合や会社から、外国人には有給休暇を出さないといわれたことを話している。

田中さんは「一審は、(リンさんの行為が)国民の一般的な宗教的感情を害したとしましたが、宗教的感情は一様なものではありません。むしろ判決の方がよほど我々の気分を害しているし、こうした曖昧な話を持ち出して刑罰を科そうとしていることに納得できませんでした。二審は一審判決を破棄したものの、一審で触れていない、遺体を入れた箱を接着テープで留めたことに言及して有罪判決を下しています。無罪にしたくないという裁判の流れに、非常に驚きました」と話す。


管理下での低賃金と重労働


実習生が雇用側に妊娠を伝えられず、孤立出産に追い込まれるのは、「妊娠したら帰国」が噂ではなく、現実だからだ。受け入れ側と実習生の間には圧倒的な力の差がある。そこから生じる諸問題を解決するには、権利を主張できる制度が必要だと田中さんはいう。

「私は、権利の保障は属人的ではいけないと思っています。良い監理団体、理解のある雇用主だったから助かった、ではなく、人権は普遍的であることが大事なんです。北海道にいても東京にいても、雇用主がどんな人であろうと、自分が権利を主張すれば認められる。必要なのはそういう制度です」。

孤立出産や、労働搾取に耐えかねて失踪するといった事件が起きると、メディアは必ず実習生が送り出し機関に多額の借金があったことに触れる。確かにそれは事実だが、実情を知る田中さんには、報道はそこにウエイトを置き過ぎているようにも見えるという。

失踪をしても、非正規の仕事はあり、その方がお金を稼げるといった情報が、SNSで共有されている。自分が同じ立場に置かれたらどうするか。そういう視点でこの問題を考えることも必要だろう。

「借金の話をすると、問題はベトナム側だけにあるように見えますが、まず彼女たちは、日本人が誰もやりたがらない仕事を、安い賃金で行動の自由も奪われた状態でさせられています。雇用者は、日本人の運転免許証を取り上げて移動を禁じたりはできませんし、最低賃金も守ろうとします。そこには明らかに外国人差別があります。外国人には何をいっても良いという態度の日本人が不当な条件で働かせていることを、まず、認識する必要があります」。

権利の制限強まる恐れも

支援団体や弁護士たちの尽力によって、リンさんの無罪を求める声は広がった。裁判を通じ、監理団体や受け入れ農家の対応に問題があったことは明らかになっている。しかし、妊娠した実習生が今後支援を受けられるかといえば、そう簡単にはいかないだろうと田中さんはいう。

「事件化しないよう、孤立出産を避ける受け入れ側の動きは強まるとは思います。ただそれは、日本でできる避妊法を伝えたり、出産などを支援するよりも、デートや外泊を禁止するなど、管理や制限をさらに強め、妊娠の可能性を制限する方向に行くかもしれません。これまでも、実習生はよくわからないまま誓約書にサインをさせられることはありましたが、状況を変えるためには、読めない書類にサインをしないなど、権利教育をしていくしかないと思います」。


(2022年7月25日号/塚田 恭子)

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