『教育と愛国』監督・斉加 尚代さんにきく 教育への政治介入


教育現場に迫る危機を映像にした『教育と愛国』。2017年度ギャラクシー賞・大賞を受賞したMBS毎日放送のドキュメンタリーが映画化され、ヒットしている。

2006年、第一次安倍政権下で教育基本法が改正され「愛国心」が戦後初めて盛り込まれた。戦前教育の反省から生まれたはずの教育の独立性が、いま壊されつつある。映画には、歴史修正主義的な教科書問題、学術会議任命拒否問題、教育現場に忍び寄る政治介入やネット上の歪んだ言論が登場する。

監督の斉加尚代さんは、2012年5月、「君が代斉唱問題」の記者会見で粘り強く質問を繰り返し「勉強不足」「ふざけた取材するな!」と当時の橋下徹大阪市長に罵倒され、ネットで「反日記者」と叩かれた。全く怯まず毅然と質問し続ける姿が、かっこ良かった。映画の話を交えながら、話を聞いた。

(吉田 千亜)

●生かされた「秘書時代」の経験


私のMBSへの就職活動は男女雇用機会均等法が施行される頃でした。長く続けられる仕事をしたい、メディアなら性差がハンディにならないんじゃないかと応募したんです。

ドキュメンタリーを作りたかったので、報道に希望を出したんですが、配属されたのが社長室秘書だったんですね。「男女雇用機会均等法が施行されたのに、なぜ秘書なんだ」と泣けました。向いていないと思いながら、2年間は秘書業務に。ただ、その間、役員室の内部を見たことで、権力の構造や仕組み、人間関係を観察できましたね。それは、その後の取材に生かされています。


●教育とバックラッシュ


安倍元首相の襲撃はショックでした。『教育と愛国』の公式ツイッターでも、「暴力によって言論を圧殺し、物事を解決しようとすることには強く抗議します」とすぐに書きました。メディアがもっと検証し追及していれば、命を救えたのではと思っています。

今回の襲撃事件でも話題になっている統一教会ですが、この映画を作る中でも、宗教関連の本を相当読んだんですよ。政治家の行為の向こう側に、宗教が絡む独特の集票システムがあるのが感じ取れました。

ただ、映画にはあえて盛り込まず、あくまで、「教育現場に見えない圧力がかかっている。その圧力はなぜ生まれているのか」「教育が大事にしなくてはならない普遍的な価値を蔑ろにし、破壊しようという行為を感じ取ってほしい」と思いながら制作しました。教育の中身に手を突っ込んだり、教科書を簡単に書き換えられるようにしたら、将来に禍根を残すとわかってほしかった。

統一教会について言えば、私自身がその存在を強く意識したのは、女性へのバックラッシュです。男女共同参画社会基本法が1999年に誕生して以降、女性運動へのバックラッシュは激しいものでした。

その2年前の1997年には「新しい歴史教科書を作る会」と「日本会議」ができていました。男女共同参画社会基本法で「女性の社会的な活躍の場が広がる」ことに対して、「ジェンダーフリーは社会を壊す」「家族を壊す」と、2000年代は激しかったんですよ。その手の言説を大量に出していたのが、新しい歴史教科書を作る会や日本会議、統一教会や勝共連合でした。

育鵬社の歴史教科書の代表執筆者・伊藤隆さんのインタビューで、伊藤さんが「歴史から学ぶ必要はない」と言うシーンでは「はあ」という私の返事(ため息)が入ってしまっています。伊藤さんは自信たっぷりに語り、こちらは質問を返すんですが、返ってくる言葉が、想定を超えていて。

同意はできないけれど、次の質問を考えなくてはいけないし、そんな自分の葛藤が「はあ」に出てしまっています。伊藤さんには、「学校の先生は、自虐的・左翼的な歴史から学ばせようとしすぎだ」という思いがあるのでしょう。

ただ、取材を断らない点は敬意を表します。「かつて私の論文をきっかけにファシズム論争が起きて個人攻撃の記事が雑誌にも載せられたが、私は左翼学者らに勝ったんだ」と話すので、その自負をお持ちなんだと思います。


●ネット上での攻撃と権力


SNSでの「攻撃するための攻撃」は、必ず、事実と異なる中身を含んでいると言っていいと思います。事実を捻じ曲げたり捏造したりして、貶めたい、引き摺り下ろしたい対象を攻撃するのが常態化している。それが怖いんですよ。

日本学術会議の問題も、学校現場の先生への中傷も、弁護士への大量の懲戒請求も、「意に沿わない奴らを叩き潰すには何でもあり」「デマゴーグでいいから叩き潰したほうが勝利を得られる」という空気、それが社会の息苦しさ、自由にものが言えない空気に、結びついている気がします。

そうすると、緻密に事実に基づき、真面目にやってきた言論が傷つきます。慰安婦問題、ジェンダー問題を研究する牟田和恵教授の科研費をめぐって、杉田水脈衆議院議員がネット上で攻撃したエピソードも映画の中に入れました。杉田さんは、取材を申し込んでも逃げるだけで、堂々と説明を果たそうとはしません。説明せずに過激なことは言う。危ない政治手法を繰り返しています。

この現象は、日本だけではありません。アメリカのトランプ現象もそうですが、ミャンマーやロシアでも起きています。

ロシアがウクライナに侵攻した2月24日は、教育と愛国の公開決定リリースの日だったんです。ほぼ同時刻に、「ロシアがウクライナに侵攻」というニュースが流れてきて、私は凍りついたんです。そのロシアでは、プーチンが着々と種を蒔いてきたんですよね。10年前に歴史教科書を統一し、愛国教育を進め、「大ロシア」という言説を国民に広め、2年前には立憲主義を否定して大統領権限を強めました。日本も油断しちゃいけない、と思うんです。


この映画を、1カ月で2万人以上と、予想以上にたくさんの人が観てくださって嬉しいです。ドキュメンタリーとしてはヒット作と言えるようで、それが救いです。

静岡での上映後、私のところに若い女性が来てくれ、顔を見るなり「悔しいです」と、目に涙を浮かべました。教員を目指しているそうです。私も心打たれて「映画に登場した平井美津子先生のような踏ん張る先生がいるし、子どもたちも待っています」と伝えました。

感じ取ってくれる若い女性がいることに、大きな希望を感じています。

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