映画『夜明けまでバス停で』〈共感〉を超える「彼女は私だ」

 読者の皆さま、はじめまして。脚本家の梶原と申します。新作映画『夜明けまでバス停で』をご紹介したく、お邪魔しました。一人でも多くの女性に見て欲しいと思っておりますので、興味を持っていただけたら嬉しいです。



(脚本家 梶原 阿貴)


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2020年11月16日、東京都渋谷区幡ヶ谷のバス停で、路上生活をしていたとみられる大林三佐子さん(享年64)が、40代の男に頭を殴られて死亡するという痛ましい事件が起きました。

その後80代の母親と共に出頭した男は「痛い思いをさせれば、バス停からいなくなると思った。まさか死んでしまうとは思わなかった」と供述したことは、記憶に新しいと思います。

大林さんは派遣先のスーパーで試食販売の仕事をしていましたが、収入は不安定で、さらにコロナの影響で仕事がなくなり、次第に路上生活を余儀なくされたということです。

事件の数日後、件のバス停に向かうと、多くの花が供えられており、たくさんの人が彼女の死に心を寄せていることがわかりました。

半月後の12月6日には、現場から比較的近い代々木公園で170人もの人が参加したデモが行なわれ、『彼女は私だ』と書かれたプラカードを持った多くの女性たちが渋谷の街を行進しました。

ホームレス状態にあった女性の死を、自分の事のように感じられる社会とはいったいどんな社会なのだろう。これはただの『共感』を超えているのではないだろうか…。このことがきっかけで、今回の企画を立ち上げることにしました。コロナがあぶり出した格差や社会の歪みを検証すると同時に、事件を風化させてはいけないと考えたからです。

同時にコロナ禍のスローガンである『ステイホーム』にも違和感を覚えました。家のない人が、既に置き去りにされていたからです。

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映画化にするにあたって、実際の事件そのままを扱うことには抵抗があったので、「彼女は私だ」と感じた、別の「私」を主人公にすることを決めました。コロナで仕事を失い、同時に住むところも失ってしまう、非正規雇用の中年女性です。寮付きのアルバイトというのは、一見、都合が良いように感じられますが、雇用と住居が同一だったばかりに、思わぬ転落のきっかけになり得ると考えたからです。

また、通常であればそれほど貯えがなくても毎月のお給料があるので、日々の暮らしは回りますが、アルバイトが休みになって手取りがなくなった場合や、健康を害した場合、その生活は一気に心許ないものになります。イメージすると、階段の下から2段目位にいる感じです。

普段はそれで何の問題もないので、自分も周りもさほど気にしていませんが、今回のコロナのような事態で、一気に下まで落ちてしまいます。そして階段の下には社会のセーフティネットはなく、全て「自己責任」で片付けられてしまい、また本人もどこかでそれを受け入れてしまっているというのが今回のケースです。当時の菅首相が掲げた『自助』『共助』『公助』のスローガンもそれを物語っています。特に彼女のように、真面目で、責任感の強い人がそうなってしまう傾向にあると思います。

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どうにかして、この物語を皆さんに届けたい。そんな思いを持ったスタッフ、キャストが集結し、大林さんの一周忌に合わせて、映画『夜明けまでバス停で』はクランクインしました。編集作業や仕上げを経て、いよいよ10月8日に全国公開されます。監督は、実際の事件を元にした作品も数多く手掛ける名匠、高橋伴明さん。主演はテレビやCMでもお馴染みの板谷由夏さんです。

起きてしまった事件は変えることが出来ないし、失った命も戻りません。でも皆が想像力を働かせて、少しでも他者のことを考えて行動すれば、このような悲劇は防げるのではないでしょうか。祈るような気持ちで、この作品を届けます。




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