軍産学官複合体形成への先導役「経済安保推進法」

(写真提供:池内了さん)

名古屋大学・総合研究大学院大学名誉教授 池内 了



▼中身のないまま拙速に法制化


正式名称「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」を通常「経済安保推進法」と呼んでいます。そもそも「経済安全保障」という言葉の定義がないのですが、先端技術や機密情報など軍事利用される可能性の多い技術の保護を通じて、経済的な側面から国家の安全を守るという意味と考えられます。

端的に言えば、米トランプ前大統領の時、重要資源や通信インフラ等経済活動の基幹を成す物質や技術の多くを、主敵とみなす中国に抑えられていることに気づき、国家の安全保障上の重大問題として大騒ぎになったことが発端です。軍事力を背景にした安全保障とともに、経済関係にからむ安全保障が国家の重要な施策と認識されたわけです。

日本でも、2021年10月の岸田内閣発足時に「経済安保」の重要性を掲げて経済安全保障担当大臣のポストを新設し、早くも本年2月には法案の閣議決定を行ない、5月の国会で成立させました。まさに泥縄と言うべき拙速さですが、この法律は多くの重要概念や基本的事項を「基本方針」と「基本指針」に丸投げし、具体的中身は今後決定する政令・省令に委任するという箇所が138カ所にもなるというズサンなものです。

産業界や専門家などの意見も聞かないまま法制化を急いだ結果で、政府に白紙委任せよと言っているのも同然です。8月にパブリックコメントがあったのですが、果たしてどこまで私たちの意見が取り入れられるのか怪しいものです。


▼企業活動の「国家統制」


この法律は、①特定重要物質(半導体・レアアース・鉱物・海洋資源など)の安定的な供給の確保、②基幹インフラ(資源・エネルギー・電気通信・輸送・電子情報システムなど)の重要設備の導入・維持・管理の安定性の確保、③先端的な特定重要技術(4領域27分野)の研究開発の官民協力、④安全保障に関わる機微技術の特許非公開、という4つの柱から成り立っています。

①を通常サプライチェーン(供給源)の多元化・強靭化と呼んでいるのですが、その実施のために国家が企業活動に介入することで自由貿易主義が阻害される危険性が指摘されています。②では企業活動のインフラ部分について国家への報告義務が生じ、企業にとっては経済合理性と矛盾する等、やはり企業活動の国家統制への道を拓く危険性があります。単純に言えば、①、②とも、安全保障を口実として産業界が国家官僚に従属していく、あるいは産官癒着構造が強化されていくことになるのは明らかです。


▼研究者囲い込み軍事研究を推進


科学・技術政策と強く関係するのは③と④です。まず、③では「特定重要技術」の研究開発を官民一体で進めるとして、研究開発担当大臣・政府関係者・研究者がプロジェクトごとに官民協議会を形成し、さらに100名の研究者を集めたシンクタンクを作り、学位授与を可能とすることが検討されています。まさに研究者を囲い込む方策なのです。

そして、重要技術育成プログラムのため「経済安保基金」として5000億円を確保することになっています。現在の文科省が配分している、全分野の基礎研究のための科学研究費補助金が2500億円程度であることを考えれば、このような破格の基金を措置するのは、明らかに軍事的な要素がからんでいるからです。

実際、重点領域として海洋、宇宙・航空、サイバー空間、バイオ技術を挙げ、具体的な技術分野としてドローン、AI、量子情報、半導体、極超音速機、ロボットなど27分野が掲げられており、いずれも軍事技術と関係の深い分野です。軍事に応用される技術については、研究者に技術情報の守秘義務が課せられ、それを漏らした者には罰則が科せられることになっています。

④では、非公開(秘密)特許の道が開かれました。発明品の特許出願書類に「特定技術分野」と指定した発明は、原則として外国出願が禁止となり、内閣総理大臣が「保全指定」すると特許庁において出願公開がなされず、発明の開示禁止となります。

そもそも、特許制度には、発明者への利益独占の保証を通じての顕彰とともに、発明の内容が公開されることによって技術が鍛えられるという役割があります。発明品の技術方式は、通常1つのみでなく複数あり、各々の長短が明らかにされることによって技術が進歩するのです。軍事技術は当然秘密とされますから、非公開特許も、軍事装備品開発を容易に進めることが目的です。むろん、特許内容を公開した場合には、重い罰則が課せられます。

以上のように、③、④の項目は軍事開発に軸足が置かれており、経済安保推進法が軍産学官複合体形成への先導役を担うと言って過言ではないと思います。


(2022年10月10日号)

 

いけうち・さとる

1944年兵庫県生まれ。1972年京都大学大学院理学研究科物理学専攻修了。理学博士、名古屋大学総合研究大学院大学名誉教授。専門は宇宙物理学、科学技術社会論。軍学共同反対連絡会共同代表、世界平和七人委員会委員、九条の会世話人を務める。著書に『宇宙論と神』(集英社新書)、『物理学と神』(講談社学術文庫)、『科学・技術と現代社会』『科学者は なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか』(みすず書房)、『科学者と戦争』『科学者と軍事研究』(岩波新書)、『宇宙研究のつれづれに』(青土社)等がある。

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