被害者を救えるシステムを SANE(性暴力対応看護師)の役割とこれから




日本福祉大学看護学部教授 長江 美代子

 

▼急性期に対応できる場づくり

社会には、性暴力被害→心的外傷後ストレス障害(以下PTSD)発症→生活・社会不適応→再被害という悪循環が存在する。性暴力被害者の5割はPTSDを発症するが、見過ごされ、放置されている。被害によるPTSDは慢性化し(複雑性PTSD)、家族全体の健康を蝕んでいくだけでなく、次世代へと連鎖している。

この課題を解決すべく、SDGs関連のプロジェクトで「性暴力撲滅」をめざし取り組んでいる。対象は性暴力だけではない。DV・性暴力・虐待は複雑に絡み合って同時にそこにある。そんな支援現場からの声は届かず、縦割り行政は長年変わらない。筆者自身も、DV被害者支援から母子へ、そして家族へと自然に対象が広がり、根底にある性暴力に気づくまでそれほど時間はかからなかった。すぐには取り組めなかったが、目を背けてはいられなくなった。

「踏みにじられた女性と子どもの人権」という言葉に、その現実を想像できる人はどのくらいいるだろうか。「蔓延する性暴力を放置しては人の次世代はない」という危機感から急性期対応の場づくりに取り組み、2016年に性暴力救援センター日赤なごや なごみ(以下「なごみ」)の開設に至った。以来、持ち込まれる被害の様相は想像を超えて酷く果てしない。


▼大きく遅れを取る日本

「なごみ」立ち上げの前後で、米国のFamily Justice Center(FJC: DV・性暴力・虐待に関する包括的支援センター)その他関連施設を視察した。日本の性暴力対応の現状は米国の1980年代の状況に相当し、システム面だけをみても30年遅れていた。

米国でも、30年前は性暴力について誰も話題にしなかった。子どもの虐待は「存在しない」ことになっていた。トラウマを語ると、さらにそれがトラウマになると考え、誰もトラウマのことを話そうとしなかった。しかし実際にはトラウマは“寝ていない”し、子どもは傷ついていて、大人が考えるように、忘れることは決してない。米国では1980年代に精神障害として診断基準に追加された。世界が「女性に対する暴力」に目を向け始め、女性の人権を確立する取り組みが始まったのは第2次世界大戦後。1960年代時点では、欧米も日本もほぼ横並びだったはずが、その後の40年で日本は大きく遅れを取った。女性の社会的地位も、同様に低いままである。

昨年から英国の性暴力被害者のための独立支援アドバイザー(ISVA=イスバと呼ばれている)養成プログラムの導入に取り組んでいるが、英国でもやはり、1960年代に女性に対する暴力に関する運動がスタートし、真に被害者中心の支援を実現している。約10年間で、女性警官の割合を8%から40%に増やし、性暴力には終身刑が課されるようになった。女性の被害者が加害男性に対して抱く恐怖、例えば「死んでもお墓から蘇って自分に危害を加えるという恐怖から逃れられない」等、被害者でなくては理解できない視点が反映されている。

▼PVTSANE

2017年、110年ぶりに刑法が改正されたことは記憶に新しい。しかし、「暴行脅迫」や「抗拒不能」の証明という高いハードルは残った。日本では、未だに多くの性暴力被害者が司法によって性犯罪被害者として扱われず、加害者は処罰されていない。

最近注目されているのがポリヴェーガル理論(PVT)である。PVTによって、被害を受けた時に凍りついて動けなくなる現象を、生命を守るための反射反応としてわかりやすく、かつ根拠を持って説明できるようになった。この生命維持装置の発動には自律神経が関わっているため、被害者が示す頭痛、腹痛、腰痛、不眠、うつ、パニック等、多様な心身の症状はその裏付けになる可能性が高い。通常これらの症状で受診しても、医学的異常所見は得られないが、聞き取り記録に残しておくことが後に重要となる。

この点について、「なごみ」の急性期対応として導入した(性暴力対応看護師)の活動に期待できる。SANEの活動は、1960年代から米国で始まった。1990年には、SANEプログラムが定着した病院では司法面接のための環境が整っているため、性暴力被害者が警察に行く必要はなく、また、性感染症や緊急避妊の処方箋、医師による定期的なコンサルテーション等が確実に提供される状況が整っていた。

SANEの活動は高度な専門看護実践であるため、大学院教育FNP(Forensic Nurse Practitioner)プログラムに取り込まれている。日本でも、同様にSANEを発展させていけることを期待している。

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