終わらない弾圧ー滞在資格と生存権を認めよ



(塚田恭子)

10月6日、参議院議員会館講堂で院内集会「入管法は今が岐路 排除をやめて共生へ」(主催:STOP!長期収容」市民ネットワーク)が開催された。集会では、当事者やその家族が自身の置かれた厳しい現状を語ったほか、弁護士、支援者、国会議員らが、外国人の人権を認めない入管行政の問題点を踏まえて、今後のあるべき方向性を提案した。

難民認定せず、在特も出さず

この日、当事者として最初に登壇したのは、ドキュメンタリー映画『牛久』にも出演しているピーターさんだ。

「私の人生はみじめなものです。家にいるのも収容されているのも変わりはありません」。こう話したピーターさんは、過去に強制送還されかけた経験がある。入国警備官に機内で暴力をふるわれていた彼の異変に気づき、パイロットが搭乗拒否したことで強制送還は免れたものの、制圧によってピーターさんは心身に大きなダメージを受けた。

難民認定が認められず、異議申し立ても却下されたピーターさんは、現在、訴訟を起こしている。

来日14年、4度目の難民申請中のクルド人男性と結婚してもうすぐ8年を迎えるまゆみさんは2017年、仮放免の延長に行った夫がそのまま入管に収容されたため、以後、出頭日は必ず夫に同行している。

なぜ夫を収容したのか。入管の違反審査部門に尋ねても担当者は「総合的な判断」というだけ。とうてい納得できず理由を聞くと、職員は「いらない外国人はもう帰ってほしいんですよ。在特(在留特別許可)なんて宝くじに当たるようなものですよ」と、薄笑いを浮かべて答えたという。

入管のガイドラインは、日本人の配偶者がいることを、在特を出す肯定要素としている。だが、弁護士が指摘するように、入管は結婚の実態があっても、難民申請中の人には在特を出さない傾向がある。連載第4回目で伝えた「仮放免者等の在留資格を求める日本人配偶者の会」のなおみさんは「あなたたちの結婚は実態があるから」といわれ、これまで職員が調査に来たこともないという。にも関わらず、夫のナビンさんの在留資格は認められず、仮放免の状況が続いている。

生存権を奪われた仮放免者

石川大我参議院議員に話を聞いた連載第3回目で、その深刻な健康状態を伝えたスリランカ人のジャヤンタさん。東京出入国在留管理局に収容中、2度コロナに感染。職員の制圧でけがを負った昨秋、仮放免が認められたものの、わずか2週間で再収容された彼は、食べても嘔吐してしまうため、点滴で栄養を摂り続けていた。弁護士や支援者の申し入れで、この春ようやく仮放免が認められ、今は精神科に通院中のジャヤンタさんは9月に再収容された。

夏場、咳込むことが続いたジャヤンタさんは、同居している友人に迷惑をかけないよう、病院でCT検査を受けたいからとバイトを始めた。保険に加入できず、高額な検査費用を得るためだったが、以前から彼の行動を監視していた入管が、ジャヤンタさんのバイト先に仮放免取消書を持って現れ、9月に再収容したのだ。当日の状況について、彼はこう話す。

「その日は入管職員15人、警察官5人ほどが来ていました。殺人犯の逮捕のように大がかりな動員で、職場の人は驚いたと思います。私も恥ずかしかったしショックでした」。

生活のために働く人がいることを入管側はある程度、黙認している。だが、このケースでは1人のために大挙して職場に来ているように、処遇は個別に大きく異なる。弁護士や支援者が働きかけると、ジャヤンタさんは収容から1週間で仮放免が認められたが、こうした監視と再収容は当事者の心身に大きな負担をかけている。

これまで繰り返してきたように、仮放免者は就労も、事前の許可なしで県境を越えることも、健康保険に加入することもできない。NPO法人北関東医療相談会(AMIGOS)の活動を紹介した第9回で取り上げたように、仮放免者は入管に生存権を奪われている。

記号を付けた入管職員

面会や仮放免者の出頭の同行などで収容施設に足を運んでいる人は周知の通り、入管職員の名札には名前がない。本来、記されるべき名前の代わりに名札には、B15××、B14××など、英数字を組み合わせた記号が付されている。対応に疑問を感じた職員に「名前を教えてください」と尋ねても、彼・彼女らは記号をいうだけで、被収容者や支援者に匿名でしか向き合っていない。

2001年、ニューヨークで同時多発テロが起きた後、難民申請中のアフガニスタンの人たちが強制連行・収容された。この事件を受けて提起された裁判で、2002年、東京地裁の藤山雅行裁判長(当時)は収容による身体拘束について、「個人の生命を奪うことに次ぐ重大な人権侵害」と認定し、「このような人権に重大な制約を及ぼす行為を単なる行政処分によって行うこと自体が異例なのであるから、この処分の取扱いには慎重の上に慎重を期すべき」と述べている。

だが、20年経った今も、状況はそう変わっていない。国による迫害を逃れてきた人。日本人配偶者や家族を持ち、生活の基盤が日本にある人。1990年代以降、人手不足の職場で長く日本を下支えしてきた人。被収容者や仮放免者の多くはこのような人たちだ。

在留資格を与えることで状況がよくなることをずっと見てきたと話した移住連の鳥居一平さんが集会の最後に主張したように、政府は在留歴の長い外国人に、大規模なアムネスティ(合法在留資格の復活)を検討する時期に来ているのではないだろうか。


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