安保3文書と日本の大軍拡 米国追従こそ戦争を呼び込む
布施祐仁(ふせ・ゆうじん)
1976年生まれ。フリージャーナリスト。著書に『自衛隊海外派遣 隠された「戦地」の現実』(集英社)、『日米同盟・最後のリスク なぜ米軍のミサイルが日本に配備されるのか』(創元社)など。『ルポ・イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)で平和・協同ジャーナリスト基金賞とJCJ賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(三浦英之氏との共著、集英社)で石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。
敵基地攻撃能力の保有とあわせて、日本国憲法の下で「専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にはならない」としてきた戦後日本の基本方針をいとも簡単に投げ捨てようとしているかのように見える。
米戦力を補完する日本
“レール”は、昨年5月の日米首脳会談で既に敷かれていた。
会談後に発表された共同声明に「岸田総理は、日本の防衛力を抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する決意を表明し、バイデン大統領は、これを強く支持した」との一文が盛り込まれた。まさに、この時の「対米誓約」に基づいて日本の「安保3文書」は策定されたのである。
共同声明には「両首脳は、日米で共に戦略を整合させ(中略)共同の能力を強化させていく決意を表明した」という一文もあった。この言葉通り、日本の国家安保戦略は、先に策定されたアメリカの国家安保戦略に完全に合わせた内容となっている。
バイデン政権は昨年策定した国家安保戦略で、アメリカが主導する国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた「唯一の競争相手」と中国を位置付け、アメリカの総合的な国力と同盟国の力を統合して中国との戦略的競争(覇権争い)に勝つことを最優先の目標とした。これに歩調を合わせ、アメリカが中国との覇権争いに勝てるよう軍事面でアメリカの戦力を補完するのが、今回の日本の大軍拡計画の狙いである。
ミサイル増強がもたらすもの
「安保3文書」は、表向きには日本の防衛を軍備増強の第一の目的に掲げているが、現実に想定されているのは台湾有事である。
アメリカは中国の台湾侵攻を抑止し、侵攻が生起した場合にはこれを阻止・排除できるよう、日本列島から南西諸島を経てフィリピン諸島に至るライン(第一列島線)に各種ミサイルによる攻撃ネットワークを構築しようと計画している。今回の日本の大軍拡計画に盛り込まれた大量の長射程ミサイル(スタンド・オフ・ミサイル)の保有や南西地域の軍備強化は、このアメリカの計画を補完するものである。
現在、奄美大島(鹿児島県)や宮古島(沖縄県)などに配備している陸上自衛隊の地対艦ミサイルの射程を200キロから1000キロ超に延ばし、中国本土の軍事施設も攻撃できるようにする。同ミサイルを運用する部隊を石垣島(沖縄県)と沖縄本島にも追加配備する。
さらに日本本土からも、台湾に近い中国沿岸部に届く、射程2000〜3000キロ級の新型ミサイル(高速滑空弾や極超音速誘導弾)の開発も進める。これら国産ミサイルの配備に先駆けて、戦闘機から発射するタイプ(JASSM)や護衛艦から発射するタイプ(トマホーク)をアメリカから購入して配備する。
米軍も第一列島線上に各種ミサイルの配備を計画しており、自衛隊のミサイルも米軍の攻撃ネットワークに組み込まれ、事実上米軍の指揮下で一体に運用されることになるだろう。
1月11日にワシントンで開かれた日米安全保障協議委員会で、日本の敵基地攻撃能力は「米国との緊密な連携の下」で運用していくことが合意された。つまり、ここでも米軍と一体になるということである。
岸田政権は集団的自衛権の行使が可能となる「存立危機事態」で敵基地攻撃を行なう可能性も排除していない。つまり、台湾有事で自衛隊が米軍と一緒になって中国本土への攻撃を行なう可能性もあるということだ。攻撃を行なえば激しい報復攻撃を受けることになるし、日本が攻撃する前に中国が攻撃してくる危険性も高まる。
岸田首相は、たとえ日本に大量のミサイルが降って来るような事態になったとしても、アメリカと一緒に台湾を防衛するべきだと考えているのかもしれない。しかし今、そのような国民的合意は存在しておらず、説明すらなされていないのが現実だ。
軍拡に利用される「台湾有事」
そもそも、「台湾有事」は日本の一部の政治家やメディアが煽るように、差し迫ったものでも避けられないものでもない。
中国が武力行使のレッドラインとしているのは「台湾独立」だが、現在の台湾のスタンスは「独立でも統一でもなく現状維持」であり、これが変わらない限り侵攻の可能性は低い。
現在、アメリカは中国の台湾侵攻を阻止するためと言い、中国はアメリカの台湾への介入を阻止するためと言い、互いに相手よりも軍事的に優位に立とうとしている。これは際限のない軍拡競争を招き、緊張を高め、偶発的な衝突も含めてかえって戦争のリスクを増大させてしまう危険がある。
台湾海峡には、米中が国交を樹立した1979年以降、40年以上にわたり平和が維持されてきた歴史がある。この時、アメリカは台湾とは断交し、その後の交流は非公式なレベルにとどめることを約束した。同時に中国は、台湾に対する攻撃を停止し、「平和統一」の方針を内外に明らかにした。このレジームを維持することが、台湾海峡の平和と安定にとって最も重要である。
日本政府は、南西諸島をはじめ日本の国土を再び戦場にしないためにも、ひたすらアメリカに追従して中国に軍事的に対抗していくのではなく、米中双方に1979年の国交樹立時の合意を遵守し、緊張を高めるような行動を取らないよう働きかける「戦争予防外交」に全力を尽くすべきである。