海は生命の源 汚染水の海洋放出を止めたい


武藤類子(むとう・るいこ)さん

1953年福島県生まれ。福島県三春町在住。養護学校教員を経て、2003年に里山喫茶「燦(きらら)」を開店。チェルノブイリ原発事故を機に反原発運動にかかわる。福島原発告訴団団長、原発事故被害者団体連絡会共同代表。著書に『福島からあなたへ』『10年後の福島からあなたへ』(大月書店)、『どんぐりの森から』(緑風出版)


私たちが住む地球は水の惑星と言われているように、海が大きな面積を占め、世界をつなぎ、その海がなければ生命体は生きることができません。しかし現在、プラスチックや様々な化学物質が流れ込み、汚染が進んでいます。そして放射性物質による汚染。福島原発事故で膨大な量の放射性物質が海に流出しましたが、さらに福島第一原発の敷地内に貯められたALPS処理汚染水が海洋投棄されようとしています。人類が起こした事故によって発生した放射性の汚染水で、生命の源である海を汚すことが許されるのでしょうか。

現在、福島第一原発構内には、約130万㌧の放射性汚染水がタンクに貯められていますが、膨大な汚染水が発生した発端は、建設当初まで遡ります。資材を海から荷揚げしやすくしたり、運転時の冷却水を取水しやすくするために、海岸の崖を20メートル切り崩しました。そのため沢が削られたり、地下水脈が切られたりして、敷地には1日約800㌧の地下水が流れ込む状態になりました。

それをサブドレンと呼ばれる井戸で汲み上げ、海に捨て続けていましたが、地震と津波でサブドレンが壊れ、地下水が建屋に流れ込み、溶け落ちた核燃料に触れて、膨大な放射性の汚染水が発生しました。

既に流し続けている汚染水

3・11原発事故後、この汚染水は数々の問題を引き起こしてきました。事故直後には、原子炉建屋の脇の溝から超高濃度の汚染水が噴出しました。また、高濃度の汚染水を保管するために、それ以前に貯めてあった低レベル放射性廃液(それでも法定基準の500倍)1万㌧を海に放出しました。

その後も汚染水が大量に漏れ出ていたのですが、政府や東電が汚染水の海洋漏出を正式に認めたのは、2年以上経ってからでした。2013年には、経産省の汚染水処理対策委員会で、決まりかけていた粘土壁をやめて、鹿島建設の凍土壁が採用されました。在来工法の粘土壁と異なり、先端技術を導入すると開発費として税金が投入でき、東電の負担が減らせるという思惑のようでした。結局、凍土壁はトラブル続きで地下水流入を防ぐことはできず、地下水バイパス、サブドレンなど様々な対策を追加しましたが、現在も1日約140㌧の地下水が流入し続けています。

意見を無視して工事を強行

貯まり続けるALPS処理汚染水について、経産省は「トリチウム水タスクフォース」を設置。地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出、地下埋設の5つの処分方法を検討し、2016年に「海洋放出と水蒸気放出が現実的」で、「海洋放出がより確実」という報告書がまとめられました。

さらに経産省は、風評被害などの社会的観点も含めた検討をするという「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」を設置しました。小委員会が2018年に福島県2カ所と東京で開催した「多核種除去設備等処理水の取扱いに係る説明・公聴会」では、一般公募で選ばれた44人の公述人が意見を述べましたが、そのうち42人は、環境への放出ではなくて陸上保管を主張しました。ところが小委員会は、2020年2月に「大気への水蒸気放出と海洋放出が現実的で、海洋放出の方がより実現しやすい」との結論を、風評被害対策とセットで行うことを付け加えて、経産省に提出しました。この件のパブリックコメントには4000件以上の意見が寄せられ、その多くが陸上保管を提唱していましたが、政府は2021年4月13日、国会も通さずに関係閣僚等会議で海洋放出の方針を決定したのです。

2022年6月21日、女性たち9人が呼びかけた「6・21 県庁前で訴えよう! 内堀知事、みんなの海を守って!」アクションでは、海の青い色を身に着けた人々が福島県庁前に100人以上集まり、内堀雅雄福島県知事に向けて海洋放出工事の「事前了解」をしないでほしいと呼びかけました。

「事前了解」とは、県と原発立地町が東電と交わす安全協定のひとつですが、県知事や立地町長が了解しなければ東電は工事を進められません。ですから、海洋放出を止める権限を持つ知事に直接訴えようというアクションを起こしたのです。しかし、7月22日に原子力規制委員会が工事を認可すると、8月2日に県知事、大熊町長、双葉町長が「事前了解」を承認。東電は、待っていましたとばかりに、翌8月3日の朝7時から工事に着手しました。

「ご理解いただきたい」?

この間、私たちは東電との交渉や経産省との意見交換会などをしてきましたが、話し合いは常にかみ合う事がなく、「ご理解いただきたい」と、海洋放出の結果ありきの受け答えに終始します。また、東電と経産省は、福島県漁連との間で「関係者のご理解なしに、いかなる処分も行なわない」という文書を交わしています。この約束について、どうなれば理解を得られたと考えるのか、関係者とは誰なのかについて問うと、「ご理解をいただけるよう、丁寧に説明してまいります」としか答えません。

彼らの言う「理解」とは、彼らが押し付ける海洋放出を受け入れることに他なりません。そして、汚染水の海洋放出は廃炉の円滑な実現に不可欠で、福島の被害者の復興のためだと言うのです。加害者の側にある東電・経産省が言う言葉でしょうか。被害者が本当に望む復興との大きな乖離に暗澹とします。

一人ひとりが自分ごとに

私たちはこれまで、福島県議会や自治体への請願や陳情、県内各地での汚染水を止めるためのタウンミーテイング、街中でのスタンディングなどを行ない、汚染水の海洋放出を止めるために行動してきました。

現在、福島県知事や大熊、双葉の町長にハガキを出し、海洋放出をしないで欲しいと訴えるアクション「関係者の声」を進めています。「これ以上海を汚すな! 市民会議」のフェイスブックやブログをご覧いただき、ぜひ、「関係者の一人」として声を届けてください。工事は進んでいるものの、まだ実際に海洋放出は始まっていません。諦めないで、できることに最善を尽くそうと思います。ご協力をよろしくお願いいたします。

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