「困難な問題を抱える女性支援法」施行まで1年  問われる行政の本気度


戒能 民江

お茶の水女子大学名誉教授


2022年5月成立の「困難な問題を抱える女性支援法」(以下、女性支援新法)施行(2024年4月)まで1年を切った。2022年秋以降、「困難な問題を抱える女性支援施策の基本方針案」および政省令案の検討が有識者会議で進められ、今年1月から約1カ月間、パブリック・コメントの募集が行なわれた。基本方針及び政省令は、同年3月末公布に至った。

短期間であったが、1000件を超える個人・団体から意見が集まった。詳細は公表されていないが、主要な意見は厚生労働省のホームページにまとめられており、意見に対する同省の対応も示されている。「基本方針」案には、障がいのある女性や外国籍の女性等、複合差別にさらされている女性や中高年女性にもっと目を向けるべきだという意見や女性の困難がなぜ生まれるのか、困難の背景にある社会経済的構造に注目すべきだという意見、連携先の民間団体の監督・評価システムの整備や民間団体への援助を望む声や、DV防止法との関係、「性暴力・性犯罪被害者支援ワンストップセンター」との連携の明記、予算と人員の確保など多岐にわたる。

実効性ある女性支援事業へ向けて

もちろん、実効性ある女性支援新法への期待は大きいが、それだけに実際の運用がどうなるのか、女性たちのニーズに応えることができるのか、不安や疑問があることは確かである。

何せ、「婦人保護事業」は創設以来、66年間の長きにわたり社会の隅に追いやられ、女性たちが女性であるがゆえになぜ困難に直面しなければならないのか、支援を求めることへのハードルがなぜ高いのか、女性の人権の問題として、社会は真正面から受け止めてきたとは言えないからだ。

また、婦人保護事業の法的根拠が売春防止法第4章「保護更生」にあったことから、女性支援新法で「脱売防法化」を図ったとしてもなお、管理主義的で性差別的な「売防法思想」から抜け出ることはそう容易ではないことも、この間の議論から浮かび上がってきた。当事者を真ん中にした支援への転換には、一人ひとりによりそう「当事者中心」の支援を行なっている民間支援団体から学ぶことは多い。しかし、民間と公的支援との溝を埋めるには、実践の積み重ねが必要だ。

国と自治体の動き

国は2023年4月に厚生労働省社会・援護局に「女性支援室」を設置し、室長以下10名のスタッフで女性支援事業に当たることになった。女性支援新法の制定により、ようやく独立した女性支援担当体制が実現した。また、2023年度予算では、都道府県基本計画策定の支援や民間団体の掘り起こし、全国フォーラム開催による連携の促進、女性相談支援員研修プログラム策定等、女性支援体制の実質化へ向けた取り組みが予定されている。

基本方針の公表を受けて、地域の女性支援関係機関・団体の意見交換会開催や県内自治体の状況把握等、都道府県も動き出しており、地域のネットワークづくりを始めた市区もある。

女性支援新法は、女性たちが直面する困難は自己責任の問題ではなく、性差別や男女格差が根強い社会構造そのものが生み出すものだという認識から、支援は公的責任で実施される。中でも、従来、事業の主体としての認識が足りなかった市区町村の女性支援の責務が新法に明記されたことに注目したい。

女性支援事業は「困難に直面する」全ての女性を対象とするが、最も支援から遠く、今まで支援の必要性が十分理解されてこなかった「若年女性」や「性暴力・性虐待・性搾取被害」に対する行政の積極的な取り組みも求められる。

重要な市区町村の役割

身近な自治体であり、アウトリーチや居場所づくりなど、相談の端緒から生活再建支援までを担う市区町村の役割は大きい。自治体は、当事者や支援機関・団体の声を聴いて地域の実態を把握することから、一歩を踏み出すことができる。同時に、地域の人々への周知と、社会的関心の喚起にも努めてほしい。女性支援新法の制定の意義は、支援を必要とする女性の困難は、自分たちの問題だと気づくことにある。

昨年来ネットで続く民間団体への執拗な誹謗中傷は、女性支援に多大の影響を与えており、支援活動を妨げている。居場所を失って「消えてしまいたい」とさまよう女性たちを、これ以上、苦境に追いやってはいけない。

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