子どもへの統制と家庭の役割を強化する新教育基本法(東京大学大学院教授 本田由紀)



本田由紀さん

徳島県生まれ、香川県育ち。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。日本労働研究機構研究員、東京大学社会科学研究所助教授等を経て、2008年より東京大学大学院教育学研究科教授。専門は教育社会学。教育・仕事・家族という3つの社会領域間の関係に関する実証研究を主として行う。著書に『教育は何を評価してきたのか』『「日本」ってどんな国?』など。


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2006年に成立した新教育基本法は、子どもへの統制を著しく強化するものであり、その具体的なルートとして、学校だけでなく「家庭」が想定されていた。それは、新設された第十条に明記されている。

家庭における子育てに対する政府の介入は、前世紀の末から既に始まっていた。1996年7月の中央教育審議会答申『二一世紀を展望した我が国の教育の在り方について』では、「子供の教育や人格形成に対し最終的な責任を負うのは家庭である」とし、子どもには「郷土や国を愛する心」「我が国の文化と伝統に対する理解と愛情」等を育成すべきであることを提唱していた。

さらに1998年6月の中央教育審議会答申「『新しい時代を拓く心を育てるために』—次世代を育てる心を失う危機」では、子どもの「生きる力」を伸ばすために、家族での読み聞かせや一緒に食事をとること、会話の増加等が提言されていた。その後に文部科学省は「家庭教育ノート」「家庭教育ビデオ」等の作成・配布を開始していた。

「親学」の推進と日本会議

新教育基本法の成立は、そうした動向に拍車をかける結果になった。当時の第1次安倍政権下では、新教育基本法の成立とほぼ同時期に「親学推進協会」が設立され、直後の2007年1月には首相直属の教育再生会議が第一次報告を提出したが、そこには「教育委員会、自治体および関係機関は、これから親になる全ての人たちや乳幼児期の子どもを持つ保護者に、親として必要な『親学』を学ぶ機会を提供する」と記載されていた。

同年3月には保守的な政治団体である日本会議が、自団体のホームページに新教育基本法を賞賛する記事を掲載し、その中で「基礎的な生活習慣の習得等「親の教育力」を尊重する子育て支援へ移行した。「全て学校任せ、万引きも教師が対応」という現状から、「生活習慣の習得や躾は親の責任、非行も親がまず責任を取る方向へと改善される」と述べ、さらには「家庭教育支援のため、父親と母親の役割を自覚させる『親学』を普及させる」ことを提唱した。同年4月には、教育再生会議が「親学」に関する11箇条の緊急提言を発出する準備をしていたが、内容の非科学性・恣意性が批判されて頓挫した。

このような急激な「親学」の推進は、2007年8月に安倍晋三首相が病気を理由として突如辞任した後も続き、「親学推進協会」は「親学アドバイザー養成講座」等を活発に展開していた。

民主党政権下で自民党が野党であった時期の2012年4月には「親学推進議員連盟」が発足し、安倍晋三が会長の座に就く。同年5月には大阪維新の会が「家庭教育支援条例」案を大阪市議会に提出したが、発達障害も保護者の責任に帰するなどの内容が批判を受け、撤回する結果になった。

自治体で広がる条例制定

2016年から2017年にかけては、自民党がかねてから準備していた「家庭教育支援法案」が国会に提出される可能性があると報道され、注視されたが、本法案は未だに国会には提出されていない。

その代わりに、2012年のくまもと家庭教育支援条例をはじめとして、地方自治体における同種の条例の制定が2022年に至るまで相次ぎ、現時点で10都道府県6市町村で制定されている。これらの条例は内容がきわめて似ており、中には祖父母にまで特定の内容の子育てを義務として課すものもある。

2022年7月に安倍晋三が旧統一教会信者二世に銃殺されて以後、旧統一教会が自民党や維新の会の国会議員・地方議員と深く癒着していたことが幅広く報道されたが、その一環として、各地の家庭教育支援条例の制定を旧統一教会が熱心に働きかけていたことも明らかになった。日本会議や旧統一教会等が、保守政治家と一体となって「家族とはこうあるべき」と規定する多方面の運動を行なっていたのである。

これら宗教団体や自民党が掲げてきたのは、性別役割分業や親子間の緊密な関係を前提とした旧弊な家族像であり、多様化する現代の家族像とは大きく乖離している。

日本では「異次元の」少子化対策が必要とされるほどの出生率低下・人口減少が世界に先駆けて進行しているだけでなく、家事育児負担のジェンダーギャップも世界一と言ってよいほど著しい。旧式の家族像や子育ての重圧を家族にかけ続けることは、こうした日本社会の重大な諸問題をさらに悪化させることに他ならないのである。

(5月25日号)


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