「海洋放出反対」の声は誰が受け止めてくれるのか



6月12日、「政府交渉呼びかけ10団体」による、汚染水の海洋放出についての東電交渉が福島市で開かれた。東京電力からは、福島復興本社の4人が前列に座り、そのうち2人の名刺には、「リスクコミュニケーター」の文字。うち1人が終始マイクを握っていたが、政府も東電も、常に環境汚染と公害問題をリスコミ(リスクコミュニケーション=下記注)で解決しようと考えているふしがある。

この日、福島県内外から多くの人がかけつけ、50席ほどあった会場は満席になった。

●アンフェアなメディア規制

冒頭、いわき市議会議員の狩野光昭さんが要請文を読み上げると、東電側から「マスコミはここまで」という発言があった。会場には、大手メディア、フリーランス含め、7〜8人ほどのメディア関係者が集まっていた。メディア退場について、会場から「それはおかしい」という声があがり、「では、質問に対する回答まで(ならいいです)」ということに。準備した回答はメディアに聞かせるが、回答後の対話や質疑応答からは退場、という姿勢だった(実際には、回答だけで2時間以上を要し、メディアは最後まで残る結果になった)。

交渉以前に、このメディア規制には違和感を覚えた。汚染水の海洋放出については、テレビや新聞広告で電通が税金を使って大々的に安全キャンペーンを行なっている。反対する声やその「反対の根拠」が市井の人たちにほとんど知られていない状況でメディア規制をすること自体が、フェアではない。

そもそも「汚染水」を、閣議決定までして「処理水」と逐一訂正する言論統制も、本来なら言論の問題として議論されるべきものである。




●漁連との約束反故に

この日、若狭ネット資料室室長(大阪府立大学名誉教授・工学博士)の長沢啓行さんが緻密な資料をもとに、「サブドレン及び地下水ドレンの運用方針(東電、2015年9月)」に示された内容に反していることを指摘。また、トリチウム濃度を、基準値である1リットルあたり1500ベクレル以下にするために、トリチウム濃度の高い汚染水を集水タンクではなく「タービン建屋へ移送」していることを実施計画に違反する行為だと問題視した。

さらに、東電側が海洋放出を進める理由として挙げる「汚染水が発生し続ける」「廃炉作業のためにタンクの敷地を空ける必要がある」ということに対しても、実際は「数年、タンクは満水にならない」「急いで敷地を空ける理由がない」「汚染水発生をゼロにすることが可能な段階にある」と数値と資料を提示した。

それらに対し、東電側は、「準備した回答以上に回答はない」と繰り返すのみだった。

最も問題とされる、福島県漁連との約束、「関係者の理解なしにはいかなる処分も行なわない」ということについて、既に海底トンネルを作り、真水で試験操業も行なっているのは「約束違反だ」という指摘が相次いだ。「国がGOと言えばいつでも放出するというようにしか見えない」「作業をストップするのが真摯な姿勢だ」という発言もあった。

それに対し、東電は「約束違反とは考えておりません」を繰り返すばかり。「ご懸念、ご不安に対して真摯に向き合って、ご理解いただけるようにいたします」という回答も、噛み合っていなかった。そして最終的には「持ち帰る」と言い、「何度も同じ質問をしているのに持ち帰られても」と呆れた声も。

●1万5000人分の致死量

参加者からは「アルプス処理水は安全だと言うが、安全な水なら畑にまかずに海に流すのか。なぜ福島の海なのか」(福島県/女性)「アルプス処理水のポータルサイトが本当に頭にくる。純粋なトリチウムは目薬1本分と書かれている。一般の人は『そんなに少ないなら安全なのかな』と思う。しかし、トリチウムは1ミリグラムで致死量。1万5000人分の致死量だ。これを薄めれば安全と流すが、実際に死んだりしなくても、海には環境の循環があって生態系が成り立っているところに、1万5000人分の致死量の毒を流す(と説明すべき)」(福島県/男性)「トリチウム、トリチウムと言っているが、(安全が懸念されるのは)それだけではない。安全の根拠を科学的に示してほしい」(福島県/男性)等の声があった。

東電は、「なぜ福島の海なのか」という問いには答えず、「アルプス小委員会で現実的な案として海洋放出が決定した」と言い、「目薬1本分」については「具体的物量イメージを伝えるため」と説明。「科学的根拠」に対してはUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)、ICRP(国際放射線防護委員会)、IAEA(国際原子力機関)等の名を挙げ(いずれも原子力推進側の機関)、それらが「安全だと言っている」と説明した。

*  *

不誠実さにいたたまれなくなったのか、そっと席を立った男性もいた。本来なら、国も東電も「次世代のためにより良い環境を残すためにはどうしたらいいか」を、私たちと共に考えなくてはならないはすだ。

この思いが、政府や東電の官僚や社員ではなく、「人」として、伝わると良いのだが。

(2023年7月10日号)


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